小説 【入れ替わり・恋人同士】㉕(最終話)
-目次- ・73.元の体に入れ替わり ・74.装置起動 ・75.自分の体 73.元の体に入れ替わり スタッフに導かれ、二人はあの部屋へ―― 初めて入れ替わった、肉体の交換機がある処置室へ向かう。 白くて無機質な空間。 中央には、見覚えのある入れ替え装置が鎮座している。 元の体戻る。 そう思ったとき、ふいに胸の中が静かにざわめいた。 隣を見ると、“陽真の姿”で、少し不安そうに装置を見つめている澪がいた。 今度はアクシデントが起きませんようにと願うように。 • 「準備ができ次第、機械の装着をお願いします」 若い女性看護師の声が静かに響いた。 そして―― 二人は、元に戻る準備を始めた。 病室は本当に静かだった。 白い壁、無機質な装置、淡く差し込む朝の光。 その中央に、あの“入れ替え機械”が静かに構えていた。 「……ついにこの時が来たか…夢の時間が終わる…」 澪(精神は陽真)が、装置を見つめながら言った。 口調は明るいけれど、どこか惜しそうでもある。 「やっと、よ。長かった……♡」 陽真(精神は澪)は深く息を吐いた。 この一週間、本当に長かった。やっと“自分”に戻れるのだ。 なのに、隣に立つ“澪の姿”が、ほんの少しだけ、ためらいがちに動かない。 「ねぇ、あのさ…」 陽真は、澪の唇で軽く笑って言った。 「このまま、お互いの体交換したままってのも、アリじゃない?♡」 「……は?」 「いや、けっこう本気なんだけど♡女として生きて行きたいっていうか……。澪の体、敏感で気持ちいいし♡それに股間がスッキリしてるの捨てがたいし…♡」 「……絶対嫌よ…」 陽真(精神は澪)は思わず苦笑しながらも、少し警戒した。 冗談だとは思いたいけれど、澪(精神は陽真)の表情には一分の真剣さが混じっている。 「ほら、澪のパンティ見せてあげるから♡」 澪(精神は陽真)は、患者衣の裾を少しつまんで、ひょいと上げ目の前の陽真(精神は澪)に下着を見せた。 「これも最後のお披露目ってことで……どう? 可愛いでしょ、このパンティ、病院のやつだけどエッチよね♡」 「ちょっ……バカ! 病室でなにしてんのよ!!」 陽真(精神は澪)は思わず小声で怒った。 思わぬ展開に目を逸らしつつも、顔がほんのり赤くなっているのが自分でもわかる。 「そんなの、戻ったら見放題なんだから…」 「やっぱ色仕掛けは通じないか…♡」 澪(精神は陽真)は、諦めたように患者衣を元に戻しながら、それでもニヤニヤと笑っていた。 • その空気を断ち切るように、医師が病室に入ってきて、機械の前に立ち、静かに告げた。 「準備が整いました。ベッドに横になってください」 二人は、並んで機械の左右のベッドにそっと体を預ける。 いつのまにか、病室の空気はぴんと張りつめていた。 冗談を交わしていたときの軽さは、もうどこにもなかった。 装置の天井には、白いライトがぽつんと灯っている。 ふと、陽真(精神は澪)は隣のベッドに寝ている“自分の澪の体”を見た。 澪(精神は陽真)は静かに目を閉じていた。 まるで、最後のひとときを胸の奥で味わっているかのように。 「……ありがとうな、澪」 不意に、澪(精神は陽真)がぽつりとつぶやいた。 その声は、今までで一番素直で、優しかった。 陽真(精神は澪)は目を伏せ、ほんの少しだけ微笑んだ。 「……うん。私も、ありがと」 • 「それでは、開始します」 機械が静かに唸りはじめ、光がゆっくりとベッドの上に降りてくる。 入れ替わりの終わりが、今始まる。 白い光がゆっくりと消えていくと、部屋に静寂が戻った。 74.装置起動 ふわりと意識が浮かんで、また自分の体に沈んでいく感覚。 頭の奥がじんわりと熱を持っていたけれど、それはすぐに和らいだ。 ──ぱち。 目を開けたのは、陽真だった。 自分の体に戻ったのが、なんとなく“分かる”。 「あー……戻ってる、な、これ…もう少し澪の体堪能したかったのに…」 声が低い。 喉の奥に響く感じも、重たい胸板も、短い指の感触も──全部、自分だ。 「……っしょ♪」 隣のベッドから、澪が勢いよく体を起こした。 「やっっっっっと戻れた……! はあぁ〜〜〜! この感覚、待ってた!♡」 澪は両手で自分の頬を触ったり、胸元を確認したりしながら、満面の笑みを浮かべた。 「うわ、すっきり。ああ〜〜〜、もう! 足も細いし、胸もあるの安心する〜〜〜っ!」 「そこ?」 陽真は少し羨ましそうな顔で、もぞもぞとベッドから降りた。 「なんかさあ……男の体って、やっぱ変な感じするんだよね……。重いし、硬いし、あと……」 陽真は自分の下腹部を指さして、ぶつぶつ言う。 「ここ、なにかと自己主張してきて落ち着かないんだけど……」 「ふふっ、思い出した? それが“男の日常”なのよ♡」 澪はくすくす笑いながら、自分の体を確かめるように背伸びをした。 「それに比べて、私の股間は超すっきり〜♡何この自由空間……軽い、清い、心地いい!♡」 「俺はなんか、この体変な感じする…」 陽真は苦笑しながら、腕組みして澪を見た。 「でもさ……なんか、もうこの体が“自分”だったって感覚が薄れてる気がするんだよね。慣れって怖いよな…」 「うん、それはちょっとわかる。私も、自分の体なのにちょっと照れちゃうもん……♡」 「なんか、めっちゃわかるかも…」 「だって……入れ替わる直前に、あんたが着てた服とか、下着とか……私がまた使うんだよ? ちょっと複雑でしょ?」 「……確かに、帰りはお互い元の体の服きて帰らないとだもんな」 • その後、看護師に着替えの部屋は同室で良いと伝えたところ、二人は同じ更衣室に案内された。各自の着替えは看護師が準備してくれており、そこには病院に来る時に着ていた、二人の着替えも用意されていた。 カゴからそれぞれの服を取り出し、二人は着替えを始めた。 陽真は自分のデニムとTシャツを手にしながら、じっとそれを見つめた。 「……なんかこの服、微妙に着られた感あるな」 「まぁ……一回着たしね、私が」 「男の服って可愛くないからやだな…」 一方で、澪は手慣れた様子で、自分のブラとパンティを元通りに身につけていた。 「は〜〜、やっぱりブラ、女の体じゃないと合わないのよね〜。ぴったり!♪」 「俺はブラ付けないの恥ずかしい…」 「何言ってるのよ…あんた元々ブラなんか付けてなかったでしょ♪」 着替え終えた二人は、揃って病室をあとにした。 互いに、少しだけ背筋を伸ばしながら――。 なんでもない会話の中に、ようやく戻れたことの安心と、ほんの少しの名残惜しさが、静かに溶け込んでいた。 75.自分の体 病院の受付をあとにしたとき、澪はほっと大きなため息をついた。 「……ふう。ほんっとに、終わった♪」 「そんな“終わった”みたいに言わなくても…」 隣で、陽真が少し拗ねた声をあげる。 「終わったでいいじゃない♡もう体も戻って、今日から普通に戻れるのよ♪」 「いや、そうなんだけどさ。なんていうか……まだ心が女の子モードなんだよね…」 陽真は自分の手のひらをじっと見つめる。 大きくてゴツゴツした指。厚い手の甲。ひとつひとつが、今までの“澪の手”とは違っていた。 「……はあ、もう少しだけ、澪の体でいたかったわ♡」 「……女の口調やめてよ…もう元の体に戻ってるんだから…」 「だって、まだ言い慣れてないっていうか……“アタシ”って言いたくなっちゃうんだもん♡」 「やめてってば。ほんと恥ずかしいから!」 澪は少し赤くなって、陽真の腕をつついた。 けれど陽真は、少し遠くを見るような顔で、名残惜しそうにぽつり。 「でもさ……やっぱり澪の体って、いろいろすごかったなぁ……軽いし、髪ふわふわだし、香りとか自然にいい匂いしてたし♡」 「……本当にあんた、私の体堪能してたわね…」 • 病院の自動ドアが開いて、二人は外へ出た。 晴れた土曜の朝。 少しだけ吹く風が心地よくて、澪は深く息を吸い込んだ。 (ようやく、元に戻った……) そのときだった。 横にいた陽真が、すっと方向を変えて、病院の柱の陰に向かって歩き出した。 「ちょっと、トイレ寄ってくわ」 「えっ、そこ女性用トイレだよ!?」 澪が慌てて声を上げると、陽真は足を止めてキョトンと振り向いた。 目の前には、ピンク色の「女性用」の文字。 「……あ」 「“あ”じゃないっての! 戻ってるんだから、そっちはもう入っちゃダメ!」 「いや……無意識に足が……♡」 「完全にアウトよ…!?」 澪は小走りで陽真の腕を引っ張った。 「こっち、男子トイレ! もう一回確認してから入って!」 「う、うん……なんか男子トイレ入るのドキドキする……逆に♡……」 • トイレ騒動を経て、二人はようやく歩道に出た。 陽真は渋い顔で言う。 「……俺、たぶん数日は男トイレでも緊張すると思う。間違えて“座り”そうで……」 「……まあ、それくらいは同情してあげる…」 「ていうかさ、また入れ替わってみない?今度は一ヶ月とか?♡」 「ぜっっっっったいヤダ!!」 「今度はもっと男の体のいろんなこと学べるかもよ?♡」 「懲り懲りよ。私はもう、二度と自分以外の男の体で生活したくない。ていうか、二度と私の体、使わないで!」 「ケチ♡」 陽真は苦笑しながら、ポケットに手を突っ込んだ。 澪は澪で、やっと自分の足で歩く感覚に満たされていた。 (やっぱり、この体が一番しっくりくる。自分の身体って、やっぱり大事♪) ふと隣を見ると、陽真がちょっとだけ寂しそうな目をしていた。 澪はそれを見て、ふふっと笑った。 「……でも、まあ……」 「ん?」 「“次”があるとしたら、今度はもうちょっとマシな使い方してね。私の体♪」 「……じゃあ、次はお互いにルール決めてからにしよっか?♡」 「だから、“次があるとしたら”って言ってるでしょ!」 澪の声が、空に高く響いた。 それはまるで、ようやく日常に戻った“宣言”のようだった。 「うぅ……ちょっとトイレ行ってくる」 病院を出て数分、歩道を歩いていた澪が、ぽつりと呟いた。 「やっぱり? その体、水たくさん飲んでたからね。朝、俺、麦茶7杯くらい飲んだし♡」 陽真が横で、どこか得意げにニヤつく。 「ちょっと、そんなこと聞いてないんだけど!?」 「最後に澪にイタズラしてやろって思って♡」 「最低よ…あんた…」 でも、ちょっとだけ――ほんの少しだけ、澪はこの一週間を懐かしむ気持ちもあった。 -終わり-
