小説 【入れ替わり・恋人同士】㉔
-目次- ・70.病院からの連絡 ・71. 八日目-土曜日- ・72. 再び病院へ 70.病院からの連絡 一方で陽真(精神は澪)は今日も残業であった。 夕方、風が涼しくて心地よい季節だった。 駅前のビル群の隙間から差し込む夕日が、長い影をつくりながら通りを染めている。 仕事を終えた陽真(精神は澪)は人込みを避けるようにして歩いていた。 ネクタイを少しゆるめ、シャツのボタンをひとつ外す。 額にうっすらとにじんだ汗が、ようやく一週間の終わりを感じさせてくれる。 そんなときだった。 ズボンのポケットで、携帯が短く振動した。 (ん……?) 取り出してみると、登録していた病院、――一週間前に体を入れ替えた“常盤台医科大学附属病院”からの着信だった。 「はい、もしもし……?」 通話口から聞こえてきたのは、女性職員の明るい声だった。 「安達様と入れ替わられている島村様ですね。お待たせしておりました、機械の修理が完了しました。明日から、体の再交換が可能になりましたのでご連絡差し上げました」 ――ああ、ついに。 思わず立ち止まって、信号の手前で空を仰いだ。 (やっと……やっと戻れるんだ…) “私”の体に。 小さな手、柔らかい髪、いつもの声と仕草、そして、私らしさ。 一週間、ずっと違和感を抱えたまま、彼氏の男の体で暮らしをしてきた。 長かった。正直、もう限界だった。 その夜。 マンションのエントランスを抜け、オートロックの扉を開けると、部屋の中からテレビの音がぼんやりと聞こえた。 「……ただいま♪」 玄関に入ると、澪の体――つまり“澪の姿”である陽真が、ソファに寝転びながらスナック菓子を口に運んでいた。 「おかえり~♡今日はまだ早かったな♡」 「うん……それより、ちょっと話があるの!!」 陽真(精神は澪)は、男性用の革靴を脱いでからリビングに向かい、少しだけ緊張しながら言葉を続けた。 「さっきね、病院から連絡が来たの。……あの、機械、修理終わったって!!」 「……えっ…もう…?」 ソファに寝転んでいた澪(精神は陽真)は、スナックを咥えたまま一瞬固まり、次いで、体を起こした。 「マジで…?」 「うん!!明日から体の入れ替え、再開できるって。ようやく……元の私の体に戻れる♡」 「……あー、でもさぁ……」 澪(精神は陽真)は、頭をかきながら、少しバツが悪そうな笑顔を見せた。 「なんか、もうちょいお互いの体で生活してみない?♡」 「は?」 「いや、あのね? 女の子の暮らしってさ、いろいろ新鮮で楽しいんだよ。服もかわいいし、化粧も慣れてきたし、♡――」 「絶対やだ…すぐにでも元に戻りたいんだから!!」 陽真(精神は澪)は、はっきりと言葉に出した。 「……明日、絶対行くから。病院!!」 陽真(精神は澪)は言った。 「ちゃんと、元の体に戻りましょ。……もう、これ以上、自分じゃない体でいたくない…」 その言葉に、澪(精神は陽真)は少しだけ視線を伏せた。 「……澪のエッチな体、手軽に堪能できなくなるな…」 「……最低」 陽真(精神は澪)は小さくため息をついて、自分の体――つまり、ソファに座っている“澪(精神は陽真)”を見つめた。 「あんたね。私の体でお菓子食べたり、足広げて座ったり、好き勝手して……戻ったら覚悟しなさいよ」 「うふっ♡お互い様でしょ…?♡」 「私はあんたの体で好き勝手してないです!!」 • 明日、二人は元に戻る。 71. 八日目-土曜日- その朝、目覚まし時計の電子音が鳴るよりも早く、陽真(精神は澪)は、ぱちりと目を覚ました。 外はうっすらとした曇り空。 週末とは思えないほど静かで、街の喧騒がまだ動き出していないのがわかる。 それでも陽真(精神は澪)の気持ちは落ち着かなくて、ベッドからすぐに体を起こした。 (今日……やっと元に戻れるんだ) 思えばこの一週間、長かった。 慣れない体、慣れない生活、男としての振る舞い――どれもが疲れることばかりだった。 • 陽真(精神は澪)は軽く顔を洗い、陽真のクローゼットからTシャツとハーフパンツを取り出した。 適当に選んだつもりだったのに、鏡に映る姿を見て、やっぱり少しだけ自分に違和感を抱いてしまう。 「……やっぱり、私はこの体じゃないな」 鏡に映るのは、骨ばった肩幅に、すこし太めの首、短く整った髪。 それなのに、その奥には女の澪がいるのだから、どうしても馴染めない。 • リビングに行くと、ソファの上でうつ伏せになっていた“澪の姿”がもぞもぞと動いた。 「……おはよ♡」 「おはよう。もうすぐ8時だよ、そろそろ準備してよ」 澪(精神は陽真)は、まだ眠たそうに顔を上げ、髪をくしゃくしゃと掻いた。 「え〜……まだ2時間あるじゃん。10時予約だろ?」 「だから言ってるの。先に着替えて支度しておけば安心でしょ」 「別に俺はずっとこの体のままでいいけどな…♡」 気のない返事に、陽真(精神は澪)はまた少しだけイラッとしながらも、ソファの脇で立ち尽くした。 澪の体で気だるそうにのびをする陽真は、自分の腕をゆっくりと頭上に上げて、体をほぐすように動かしていた。 「……あんた、戻りたく無いの…?」 ふと、陽真(精神は身)は口にしていた。 澪(精神は陽真)はにやっと笑うと、両膝を抱えて、あどけない声で答えた。 「惜しい気持ちはあるかも? 澪の体ってエッチで気持ちいいし。服も可愛いし、あと、股間に変なの付いてないのが興奮する♡」 「……あんた、やっぱり最低よ…」 陽真(精神は澪)は呆れ混じりに言った。 「じゃあ……これが最後の“お着替え”か♡」 そう言って、澪(精神は陽真)はすたすたと澪の部屋へ歩いていき、クローゼットをガサガサと漁り始めた。 「ちょっと! だから、ずっと私のクローゼット勝手に開けないでって言ってるでしょ!?開ける前は絶対声かけてよ!!」 陽真(精神は澪)はの太い声で叫んだ。 「だって今日で終わりでしょ〜? 記念にエッチなパンティ履きたくて、それと可愛い洋服も♡」 「記念って……なんの記念よ……」 陽真(精神は澪)はリビングの端でため息をついた。 やがて、澪の部屋から“澪”の声が聞こえてくる。 「おぉ、これとかエロいな~♡あ、これも似合いそう……いや、やっぱ最後はこれにしよ♡」 ぱたぱたと足音が戻ってきて、現れたのは―― ピンク色のミニスカート。薄いピンク色の無地で、ふんわりとした春の一着だった。上は白色のノースリーブニット。 「ちょっと、それ私のお気に入りなんだけど……」 「別にいいだろ?減るものじゃないし…今日で終わりだし、もう着れなくなるんだから、せっかくなら楽しんでもいいだろ?♡」 「ほんと、図々しいんだから……」 文句を言いながらも、私はすでに「戻る」という事実に気持ちを切り替えていた。 この一週間の違和感も、気疲れも、全部あと数時間の我慢で終わるのだと思えば、細かいことはどうでもよくなってくる。 • 10時の予約時間はもうすぐだ。 二人並んで、鏡の前に立つ。 どちらも自分の姿じゃない、でも、今は「互いの体」。 「……変な感じだったね」 「俺は澪の体のままでもいいけど♡」 陽真が、澪の顔でニヤついた。 「何言ってるのよ。……私はもう二度とごめんだけどね」 そして、二人は玄関を出た。 これが、元の“自分に戻る”ための、最後の朝だった。 72. 再び病院へ 病院の正面玄関をくぐった瞬間、陽真(精神は澪)は、焦りからか足早になっていた。 「……はやっ」 後ろを歩いていた澪(精神は陽真)が、気だるそうにぼやく。 「ちょっと落ち着けよ。そんな焦らなくても機械は逃げないって♡」 「焦ってなんかないわよ。ただ……やっと戻れるんだから、足早になるのは当然でしょ」 受付で名前を告げると、若い女性スタッフがにこやかに応じた。 「安達様と島村様ですね。お待ちしておりました。本日、再交換の手続きとなります。先に着替えをお願いしていますので、こちらのお部屋へご案内します」 スタッフの後をついて行くと、男女別々の更衣室に案内された。 • 更衣室で渡されたのは、男女それぞれの患者衣と下着のセットだった。 陽真(精神は澪)が受け取ったのは、白色の半袖患者衣に、無地の白色のボクサーパンツ。 「……うぅ、最後まで“男扱い”よね…」 思わずぼやくと、自分の手の大きさと、ゴツゴツした脚にまた少しため息がこぼれた。 この一週間、ずっと“自分じゃない”ことを耐えてきた。 それが、病院の着替えひとつで、もう一度突きつけられるような気がして―― (……もう、すぐ終わるんだから) 陽真(精神は澪)は気持ちを切り替え、黙って着替えを始めた。 • 一方その頃、女性用の更衣室。 「うふっ♡ありがとうございます♡」 澪(精神は陽真)は、女性スタッフから渡された着替えが入った袋を覗き込み、にんまりとしていた。 中には、白色の女性用患者衣と、病院用のシンプルな白いブラとパンティのセット。 「ちゃんとブラもあるんだ~。気が利くわね♡」 そう言いながら、陽真は“澪”の体に手をかけてノースリーブニットやミニスカートを脱いでいく。 この一週間で、すっかり鏡の中のこの姿にも慣れてしまった。 着替えながら、ふと笑みが浮かぶ。 (澪の体で好き勝手できるのも、今日で最後か…) 自分の胸にフィットする下着を身につけながら、澪(精神は陽真)はふと、心の奥にやっぱり名残惜しさがあることを自覚した。 • 着替え終えた二人は、男女別々の更衣室から出て、廊下で顔を合わせる。 陽真(精神は澪)は患者衣の姿でやや硬直気味。 対する澪(精神は陽真)は、軽やかにスリッパを鳴らしながら、患者衣でニヤニヤしている。 -続く-
