小説 【入れ替わり・恋人同士】⑱
-目次- ・52.作戦会議 ・53. 五日目-水曜日- ・54.杏里のマンション 52.作戦会議 リビングには落ち着いた間接照明が灯り、テレビの音だけが静かに流れていた。 杏里からのメッセージを見た澪(精神は陽真)は、少し思案するような顔をしていたが――次の瞬間、ぱっと思いついたように立ち上がった。 「よし、明日休もう。これは……緊急事態だな」 「えぇ!? 杏里の件で!? 本気で行く気なの!?」 陽真(精神は澪)が慌てて言う。 「いやいや、可愛い女の子が“混乱してる”って言ってきたんだよ? ちゃんと話してあげるべきでしょ〜、澪としての責任ってやつ?」 「……いや、そもそもその混乱を起こしたの、あんたなんだけど……」 それでも澪(精神は陽真)はすっかり乗り気の様子で、スマホを操作し始めた。 「とりあえず、澪の上司に“明日有給取りたいです”ってメッセージ送っとくね」 ぽちぽちとスマホを打ち込み、送信。 ――すると、わずか1分で返信が。 《澪の会社の上司》 「了解です。ゆっくり休んでね。明日の分は他のメンバーでフォローしておきます」 「すごいな…さすがホワイト企業。即レス、即承認…俺の会社ならこうはならないな…」 澪(精神は陽真)はにやにやながらスマホを掲げた。 「いやいや、私の評価落とさないでよ……」 「だいじょーぶだいじょーぶ、一日だけだし♡」 一方、陽真(精神は澪)はというと、目を伏せてぼそっと言った。 「……陽真の会社は有給申請、前日じゃ通らないんだよね……」 「そうだな…澪は明日どうする?」 「……まぁ、風邪ってことにして……ズル休み、かな…会社行く気になれないし…」 「澪こそ、俺の評価落とすなよ…」 「あんたが原因でしょ……」 澪(精神は陽真)は、今度は杏里にメッセージを打ち始めた。 《澪》 「明日、有給とれたよ。カフェかどこかでゆっくり話そっか」 送ってしばらくすると、杏里から返信が届いた。 《杏里》 「カフェも考えたんだけど……できれば、私の家で話したいな。外だと、うまく言えないかもしれなくて」 澪(精神は陽真)はそれを見て、思わず目を輝かせた。 「おお〜、おうち招待とは♡……これは百合展開あるな♡」 「あんたほんと最低よ…。 しかも、そんな深刻そうな話を家で聞くとか……なにが起こるかわからないよ!?」 「だからこそ行くしかないじゃん♡本人が“うまく言えない”って言ってるんだし。ここは澪として、しっかり受け止めてあげるべきでしょ♡」 「私の体で、これ以上変なことしないでよ……」 澪(精神は陽真)は、陽真(精神は澪)の制止を軽く受け流しながら、杏里に返信を送った。 《澪》 「わかった。明日、そっちに行くね」 スマホを置いた澪(精神は陽真)は、ソファの背にのけぞって満足げにひと息。 「さて……明日は“澪として”、大事な話を聞いてくるか♡」 一方で、陽真(精神は澪)は複雑な表情で、静かに麦茶を飲んでいた。 「……不安しかない……」 そして夜は、ゆっくりと更けていった。 53. 五日目-水曜日- 翌朝。 夏の陽射しがカーテン越しにやわらかく差し込み、部屋に朝の気配が満ちていた。 澪(精神は陽真)は、ぱちりと目を覚ますと、まだ少し眠たげな顔で大きく伸びをした。 「ふぁぁ……さて、今日は杏里ちゃんと会う日……だったな♡」 昨日の夜、お風呂でさっぱりし、陽真(精神は澪)が作った炒め物とお味噌汁で軽く夕飯を済ませたあと、ふたりは早めに就寝していた。 ベッドからゆっくりと起き上がると、澪(精神は陽真)はそのままクローゼットの方へ向かおうとした――が。 「ちょっとストーップ!!」 陽真(精神は澪)が、澪(精神は陽真)の腕をぴしっと横から伸ばして制止した。 「え?♡」 「……着る服、もう用意しておいたから!!」 すっと手渡されたのは、白のワイシャツに、落ち着いたラベンダー色のスカート。そして、その下に重ねられた紫色の下着セット。 「……お、おぉ?」 「なに驚いてんのよ。今日、杏里と会うんでしょ? それなら最低限、清楚感は出しとかなきゃまずいでしょ。“私”として、変な格好で行かれたら困るから」 「……ありがと。でも、やっぱ下着まで決められてるのはちょっと……なんか……♡」 「逆に、それ以外は着ないで!!勝手に下着漁られるよりはマシだし!!」 「わかったよ…♡でも……せっかくだし、エロいパンティ履いていこうと思ったのに♡……」 そう言いながら、澪(精神は陽真)は服のセットを両手で持ち、にまじまじと見つめた。 スカートのレース、ワイシャツの清潔感。 「……でも、このパンティも中々…♡」 頬を赤らめる。 陽真(精神は陽真)は、それをじっと見ていたが、ふっとため息をついた。 「変なテンションになってないで、さっさと準備して。あと顔もちゃんと洗ってね。“私”の顔なんだから、テキトーに済まさないでよ?」 「わかってるって♡……」 少し小さく返事をして、澪(精神は陽真)は洗面台のほうへ歩き出した。 その背中は、なんだか妙にウキウキと揺れていた。 顔を洗った後リビングでは、澪(精神は陽真)がスカートの裾を揺らしながら、鏡の前でひとつ大きく深呼吸していた。 「うん……見た目は完璧ね♡メイクもばっちり。今日は“澪”として大人しく、落ち着いて♡……」 そこへ、キッチンカウンターからコーヒーカップ片手に陽真(精神は澪)が近づいてきた。 「……あのさ」 その口調は、少し重たかった。 「ん? どした?♡」 澪(精神は陽真)は、にこにこしながら後ろを振り返る。 「……何度も言うけど、絶対に杏里に変なことしないでよ」 ピシッと指を立てながら、陽真(精神は澪)が真顔になる。 「大丈夫だって… 俺の信用ないな〜♡」 と、笑ってごまかそうとする澪(精神は陽真)。 「杏里も私も……ノーマルなんだから」 声のトーンが少しだけ弱くなる。 陽真(精神は澪)は、自分の中の“不安”がはっきりと言葉になって出てきたことに、少しだけ驚いたようでもあった。 「……まさかとは思うけど、好奇心とかノリとかでキスより先とかしたら、マジで一生恨むからね、もしもがあったら…体が元に戻ったら絶対別れるよ…」 「へいへい。わかってるって♡」 澪(精神は陽真)は、手をヒラヒラと振りながら、どこか軽い調子で返す。 「絶対に、ちゃんと話して、ちゃんとケリをつけて帰ってきてね。」 「……わかってるって♡」 そして―― 「じゃ、そろそろ行ってくるねー。夕方には戻る予定。何かあったらLINEして」 「……うん。ほんとに、気をつけて」 澪(精神は陽真)は、スカートを整え、バッグを肩にかけ、玄関へ向かった。 そしてドアを開ける直前、ふと振り返って。 「杏里ちゃんが泣いたら、優しく抱きしめても……いい?♡」 「ダメ」 「はい。いってきます…」 ぱたん、とドアが閉まり、澪(精神は陽真)はエレベーターへと向かっていった。 54.杏里のマンション 平日の午前10時すぎ。 通勤ラッシュの名残が消えかけた駅のホームは、ほどよく空いていた。 澪(精神は陽真)は、白いシャツにスカートという清楚な装いで、電車の座席に腰をかけていた。 顔立ちが整っているのもあってか、向かいの女性二人組がこっそりと視線を送ってきていたが、当の澪(精神は陽真)はというと――どこかご満悦な様子だった。 「ふふっ♡……杏里ちゃんと話すの緊張するな…♡」 そう小さくつぶやいては、自分の膝の上に置いた紙袋をちらと見る。 そこには、駅前のスイーツショップで買った小ぶりのケーキが4つと、コンビニで買ったペットボトルのカフェラテが2本。 「お土産、持ってきたよ」と言えば杏里ちゃんも安心するだろう――そんな気遣いがあった。 電車は静かに揺れながら、数駅先へと進んでいく。 ⸻ 到着したのは、開発が進んだ副都心の駅。 澪(精神は陽真)は改札を抜けると、すぐそばにある駅直結のタワーマンションを見上げた。 「駅直結マンション……杏里ちゃん、いいとこ住んでんな……」 エントランスはすっきりとしていて、セキュリティも万全そうだ。オートロックのインターホンで、あらかじめ送っておいたLINEにあった部屋番号を呼び出すと、すぐに杏里の声が返ってきた。 「あ、澪…? 開けるね…」 扉がガチッと開き、エレベーターへと誘われるように入っていく。 中は涼しく、静かだった。 「あんまり緊張することじゃないよな……今日はただの“話”だし♡」 小さく深呼吸しながら、エレベーターの鏡越しに自分の姿を確認した陽真――いや、“澪の体の陽真”は、少しだけ頬を引き締めた。 杏里の部屋の階のランプが点滅すると、静かにドアが開く。 廊下を抜けて、部屋の前に到着。 チャイムを鳴らすと、内側からパタパタと軽い足音が聞こえ、カチャリと扉が開いた。 「澪……よかった、ちゃんと来てくれて」 そこに立っていたのは、部屋着姿の杏里だった。 やや気まずそうな笑顔を浮かべながら、彼女はそっとドアを開ける。 「入って…」 「……お邪魔します」 澪(精神は陽真)は、少しだけ気取った笑顔を浮かべ、紙袋を持った手を軽く挙げて見せた。 杏里の部屋のテーブルに並べられたケーキを前に、二人は軽やかに会話を交わしていた。 仕事の話や最近の趣味、ドラマの話題など、どれも穏やかで気楽な内容だった。澪(精神は陽真)も自然な笑顔を浮かべて応じている。 しばらくして、杏里の表情が少し変わった。視線を落とし、やや小さな声で切り出した。 「そういえば……この前のこと、話してもいいかな?」 -続く-
