小説 【入れ替わり・恋人同士】 ⑰

-目次- ・49.モコモコピンクパジャマ ・50.男のパジャマ ・51.杏里からのメール 49.モコモコピンクパジャマ 澪(精神は陽真)は、夕焼けに染まる街並みを眺めながら、澪のマンションの鍵を回した。 「ただいま~っと……ふぅ~、もう帰ってこれた~♡」 パンツスーツ姿のままリビングに足を踏み入れると、部屋はいつも通り整頓されていて、誰もいない。もちろん、陽真(精神は澪)はまだ帰っていないようだった。たぶん、今日も残業だろうな――と、澪(精神は陽真)はふと時計を見ながら、ひとりでつぶやいた。 「うわ、まだ定時から30分しか経ってないのにもうマンション着いたのか?♡……そんな仕事してないけど、でも疲れたしシャワー浴びたい気分だな♡……」 ひとまずパンツスーツを脱いで、雑にハンガーに掛けると、ブラウスのボタンを外しながら思わずニヤリ。 「いやぁ~……今日も“女の子扱い”されまくったなぁ♡……。面倒な仕事しなくていいし、定時退社もOKって……これ、完全に人生イージーモードじゃない?♡」 そう呟いて笑う姿は完全に“女”だったが、その笑みには一抹の優越感が漂っていた。 「ま、今だけのボーナスタイムって思えばいいか♡明日はスカートで会社行こっかな♡……うふっ♡」 そんなことを呟きながら、澪(精神は陽真)はブラウスやブラジャー、パンティを脱ぎバスルームに向かった…。 バスルーム- バスルームに入り、シャワーのノブを捻ると、勢いよく水が飛び出した。 「おぉぉっ、ちょっと冷たっ……! やっぱりこの体、敏感なんだよな♡……元の男の体と違って本当に敏感だわ……ふふっ♡」 シャワーのノブを調節して少しぬるめのお湯にした。男の体の時は熱湯に近い温度だったが、皮膚や脂肪が女性のものなので、ここ数日はぬるま湯でシャワーを浴びていた。 頭を洗いながらも、男性と違う髪の長さに少しめんどくささを感じていた。入れ替わってからは陽真(精神は澪)に髪の手入れは絶対に怠らないでと釘を刺されていたが、澪(精神は陽真)は空返事で返していた。正直なところ、手入れをしていなかったのでここ数日で髪は少しづつ傷んできていた。 「……まぁ、適当でいいか…♡」 湯気の中、鏡に映る自分の姿――いや、澪の姿――をちらっと見ながら、澪(精神は陽真)は「やっぱり、俺…エロいな…♡」と小さくニヤついた。 そんなふうに、適当に髪を洗い、ゴシゴシと体も雑に洗い、澪(精神は陽真)はバスルームを出た。 澪(精神は陽真)はお風呂から上がると、パジャマを用意していないことに気づき、にやにやしながら澪の部屋のクローゼットへ向かった。 クローゼットを開けて、ふわふわのパステルピンクのモコモコパジャマが目に入ると、思わず興奮してさらに下卑た笑みを浮かべた。 「これ、澪のお気に入りのやつだよな♡…っていうか、今は「アタシ」が澪なんだから♡着ても問題無いわよね…♡パンティは…これでいっか♡……」 そっと袖を通すと、その肌触りのやわらかさに心がふわっとほどける。鏡の前でくるっと回ると、ふんわりとしたシルエットが鏡の中の自分を包み込む。 「ウフッ♡アタシやっぱり可愛いわね…♡ な肌触りもいいし、今日はこれにしよ♡……」 普段の男の体では感じられない、女性らしい柔らかさと繊細さに優越感が芽生え、ほんのり頬が赤らんだ。 「うふふっ♡これなら仕事帰りの疲れも吹っ飛びそう♡……」 心の中で女の体の自分に酔いしれながら、澪(精神は陽真)はそのモコモコのパジャマをそっと撫でた。 それから、リビングでゆったりとすることにした。 数時間後- マンションの玄関が、静かに開いた。 「……ただいま……」 陽真の声――いや、今は陽真の体に入った澪の声が、部屋の中に滲んでいく。 時刻は21時を回っていた。外はすっかり暗く、駅からの帰り道も涼しい風が吹いていた。 リビングの電気はついていた。 かすかに台所からレトルトカレーの香りと、テレビのバラエティ番組の音が漂っている。 「……あ、今日も遅かったな〜♡」 明るく出迎えたのは、ソファに座っていた“澪の姿”。 もこもこしたパステルピンクのパジャマ。 袖口と裾にフリルがついていて、胸元には小さなウサギの刺繍。 まるで女子高生の部屋着のようなそのパジャマを、にやりとした表情の澪(精神は陽真)が着ている―― 「…………」 玄関に立ち尽くす陽真(精神は澪)は――そのもこもこパジャマを見て、一瞬言葉を失った。 「……それ、私のだけど!?」 「うふっ♡可愛いでしょ〜ん♡」 「……勝手に着ないでよ!!……」 「え~? だってもうお風呂入っちゃったし、澪の体でこのパジャマ着たら可愛過ぎて…似合ってるでしょ?♡」 ソファで座りながら、お茶をすする澪(精神は陽真)は、すっかりくつろぎモードだ。 足にはふわふわのピンク色のルームソックス、それも澪のものだった。クッションを抱えて上目遣いする様子は、まるで女子だった。 「……というかさぁ♡これすごいね♡肌ざわり神♡こんな世界があったなんて……♡これと比べたら、男のパジャマってなんであんなに地味でゴツいんだろうな?♡」 「ソックスも勝手に履かないでよ…」 「ウフッ♡可愛いでしょ?♡ほら。澪にもお返しに♡」 そう言って、澪(精神は陽真)はソファの脇から畳まれた布を差し出した。 それは――無地のグレーのゆるいスウェットシャッとパンツ。 いかにも「ひとり暮らしの男」が愛用していそうな、洗濯しすぎてちょっと色あせた部屋着だった。 「はい、男のパジャマ♡今夜の澪のパジャマね♡」 「……うぅ…地味。何この“体温下がりそうなパジャマ”……最悪…」 「お互い様だろ?♡俺だって今までそっちの男の体で、下着からパジャマまで“ザ・男物”を着てたんだから…♡」 陽真(精神は澪)は、ちょっと口を尖らせながらも、しぶしぶそれを受け取る。 「……うぅ、もういい…先にお風呂入る……」 「ダーリンったら、わがままなんだから♡」 「……誰がダーリンよっ!!」 陽真(精神は澪)はイラつきながら洗面所へ向かう。 途中、振り返って一言。 「あんた今、私の体なんだから、この時間に変な間食しないでよ!!太ったら嫌だから!!」 「はいはい、わかってるって、うるさいな…」 「本当にわかってるの…?いつもこの時期、ポテチとかジュースとか口にしてるじゃない…私の体なんだからね…」 浴室の扉が静かに閉まる。 陽真(精神は澪)の姿が見えなくなったあとも、リビングには仕事終わりの汗臭い匂いが残っていた。 澪(精神は陽真)はその場で、もこもこパジャマの袖をくるくる巻きながら、ひとりごとのようにニヤついた。 「……いやでも、ほんとにこのパジャマ最高だな♡」 その笑顔は悪戯っぽくて、興奮と優越感が滲んでいた。 一週間限定の“身体交換生活”、 まだまだ何か起きそうな、夜だった。 50.男のパジャマ 浴室の扉が静かに開いた。 湯気のなかから現れたのは、陽真の姿――中身は澪。風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、バスルームの脱衣所に置いてあった“あるもの”をじっと見つめた。 畳まれていたのは、グレーのスウェットシャツとスウェットパンツ。 その下に――やや色褪せた、明らかにメンズの紺色ボクサーブリーフが一枚。 「……うぅ……」 陽真(精神は澪)は、手に取ってしばらく無言になる。 (なんで私が……男物なんか着ないといけないのよ……) 体は男性。着るべきは男性の服。わかってる。わかってるけど―― (いや、前はあっち側だったのに……私は自分の体で、あんな可愛いパジャマとか下着とか着てたのに……!) 「なんなのこの屈辱……っ」 もぞもぞと下着を身につける。その動作のたびに、体のラインが「違う」ことを感じさせられる。 そしてパンツを履くときの、あの独特の“配置の複雑さ”。 「……これ、設計おかしいでしょ……」 そんな愚痴をこぼしながら、ようやく上下を身にまとい、鏡の前に立つ。 そこには――スウェット姿の地味な男性が映っていた。 (絶対すぐに元に戻るんだから…) 自分を慰めるように肩をすくめたそのとき、ふと気がついた。 (……あれ?) 視線が、履いたパンツに戻る。 (これって……陽真のパンツだよね?) 一拍の間。 (え、ってことはまさか――アッチも!? ていうか、逆に言えば……私の方の下着はあいつが勝手に履いてる…!?) ぶわっと顔が熱くなる。血の気が上がるというより、爆発する。 「……っっ!!!!!」 バスルームのドアが勢いよく開いた。 ⸻ 「ねぇっっ!!!」 リビングにいた“澪の姿”が驚いて振り返る。 もこもこのピンクのパジャマ姿で、クッションを抱えてテレビを見ていた。 「あっ、おかえり~♡ あったかかった?♡」 「あったかかったけど! ていうかさ!! ……なんで、私の下着勝手に履いてるの!!?」 澪(精神は陽真)は、くるりと半身をひねって見せた。 パジャマの腰のあたりをすこーしだけずらして―― 「これのこと?♡ だってぇ~♡、下着もパジャマも“体”に合わせるしかなくない?♡ 今の澪が女性物のパンティ履いたら変態みたいだよ?♡」 「いやいやいやいやいや、待って!? パジャマを勝手に着るのは百歩譲っても、下着を勝手に履くのはやめてよ!?」 「えぇ~? ♡だって、今のアタシは澪ちゃんなんだから~。澪ちゃんの下着を澪ちゃんが着て、なにが悪いの?♡」 「中身、あんたでしょ!!!!!!」 バンッ! とクッションを投げそうになりながら、陽真(精神は澪)はわなわなと震える。 耳まで真っ赤。 「うぅ……なんか、こう……“知らない誰かに自分の下着着られてる”みたいで……嫌……」 「知らない誰かじゃなくて、彼氏だよ?♡」 「その言い方やめて!? 逆に生々しい!!」 「あのさ、これだけは言わせて?♡ 澪のツルツルパンティ、マジで肌触り良すぎてやばい♡もう二度と男物なんかに戻れないかも♡」 「感想言わないで!!」 再び口を閉ざし、陽真(精神は澪)は肩を落として座り込んだ。 そして、ポツリとつぶやく。 「……明日からは私が着替えるの選ぶからね…勝手にクローゼット漁って着ないで…」 澪(精神は陽真)は、満面の笑みで頷いた。 「はーい♡」 ⸻ 夜は、すっかりふたりの体に染みついた違和感と、そこに生まれる小さな歪みで満たされていった。 入れ替わり生活、まだ半ば。 お互いの“境界線”は、まだまだ曖昧なままだった。 51.杏里からのメール 陽真(精神は澪)の風呂上がりのドタバタの後- 一週間の折り返し地点に差しかかり、ふたりはようやく少しだけ余裕のある表情を見せていた。 澪のマンションのリビングには、やわらかな照明が灯っている。 陽真(精神は澪)は、食後の麦茶をゆっくり飲みながら、ローテーブルに肘をついてぼんやりテレビを眺めていた。 一方で、澪(精神は陽真)は、ソファに寝転がってスマホをいじっていた。 何かにくすっと笑っては、もう片方の手で澪の髪をくるくると無意識にいじっている。 「……なんかさ、思ったより馴染んできた気がするんだけど♡」 「何に?」 「この体に♡」 「……あのねぇ」と陽真(精神は澪)が呆れ気味に返したとき―― ピロン。 澪のスマホが短く通知音を鳴らした。 「ん? 誰からだろ」 澪(精神は陽真)が顔を上げる。 入れ替わってからは、お互いのスマホを交換して正解していた。 ソファの背にもたれていたスマホを手に取り、画面を見ると―― 《杏里》 「澪、ちょっと話したいことがあって……明日、有給とか取れない? 時間作れないかな」 一瞬、澪(精神は陽真)の指が止まった。 「……杏里ちゃんからだ」 「え……? 杏里って、会社の同期の?」 「そう。澪の同期の杏里ちゃん。ほら、昨日――」 言いかけて、口を閉じた。 それは、昨日。澪の体の陽真が“杏里”とお昼ご飯の時に二人きりになったときのこと。 悪ノリの流れで、ほんの冗談のつもりでキスをした――という、“事件”があった。 「……まさか、杏里に何かしたの…?」 陽真(精神は澪)が睨みながら怪訝な顔おして言う。 陽真(精神は澪)はそのメッセージを見て、慌ててグラスを置いた。 「ちょっ……! やっぱり何かしたの!? 嘘でしょ!? 杏里って意外と真面目なんだよ!?」 「いや〜♡なんか良い空気になったっていうか……澪の体でキスしちゃった……♡」 「何してんのよ!!」 陽真(精神は澪)は思わず立ち上がり、頭を抱える。 「しかも“話したいことがある”って……絶対、そのことじゃん……」 澪(精神は陽真)は、メッセージの続きに指を滑らせた。 《杏里》 「どうしても澪と話したくて……今、私、ちょっと混乱してる。変なこと言うかもしれないけど、真剣だから。お願い、明日だけでも時間取れない?」 ふたりの間に、ピリリとした沈黙が流れる。 「……どうする?」と、陽真(精神は澪)。 「……これはもう、会うしかないんじゃない?」と、澪(精神は陽真)は、自分が起こした事件だったが、少しだけ緊張した顔を見せていた。 -続く-



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