小説 【入れ替わり・恋人同士】⑪

-目次- ・31.レズプレイ ・32.定時退社 ・33.異性の体でしかできないこと 31.レズプレイ カフェの奥、化粧室の前。並んで鏡の前に立つと、杏里が髪を軽く撫でながら言った。 「ほんと、暑いね今日……アイスティーじゃ足りなかったかも」 「ふふ……汗、ちょっと出てるよ」 澪(精神は陽真)は自分でも驚くほど自然な笑みを浮かべながら、杏里の頬に指先を伸ばした。 親指で、そっとこめかみの辺りをなぞる。 わずかに触れた杏里の肌が、熱を帯びているのが分かった。 「み、澪……?」 杏里の声が一段低く、戸惑いを含んだ。 「ごめん、なんか……触れたくなっちゃった♡」 澪(精神は陽真)は自分の言葉が“女の口から出ている”ことに、軽くゾクゾクとした感覚を覚えた。 それを杏里がどう受け取るか――わかっている。 杏里は百合でもレズでもない。ただの仲良しな“女友達”のつもりだ。 少し話して、それはわかっていた。 でも、自分は今、澪の身体で――“女として”、杏里を誘惑している。 その背徳感に、妙な快感を覚えてしまっていた。 杏里が一歩、身を引いた。 「……ちょ、ちょっと近くない? そういうの、冗談でもドキドキするんだけど」 「あれ? 杏里、恥ずかしがってる?♡」 澪(精神は陽真)は、もう一歩近づいた。ふわりと髪が触れ合う距離で、微笑む。 まるで昔からの“女同士のじゃれあい”のように――でも、その視線の奥には、男の好奇心があった。 「べ、別に……ちょっとびっくりしただけだし……!」 杏里は目を逸らし、耳元がほんのり赤くなっていた。 その様子が、なんとも愛らしく、そして――「効いてる」と感じさせるには十分だった。 「杏里って、可愛いよね。こんなに間近で見るの、初めてだけど……意外と……色っぽいんだなって思った♡」 「ちょ、ちょっと……! 澪、今日、どうしたの!? なんか変!」 杏里はぷいっと横を向いたが、その肩先は触れ合ったままだった。 女の子が照れるとき、どうしてこんなに可愛くなるのだろう――そう思いながら、澪(精神は陽真)は内心の昂ぶりを押し隠して、そっと一言付け足した。 「ごめん……今日はなんか、杏里に会えたのが嬉しくて、つい……変なテンションだったかも♡」 その言い訳すらも、わざとらしいのに、杏里は完全に信じたようだった。 「……なによ、もう。変なこと言わないでよね。女同士だからって、ドキドキすることだってあるんだから……」 そう言って、照れくさそうに髪をかき上げる杏里。 その指先の仕草すら、色っぽく見えてしまうのは――澪(精神は陽真)の“目線”が、もはや完全に男のそれだからだった。 (女として、女をからかうのって……こんなに……面白いんだな♡) 杏里の赤くなった耳を見ながら、澪(精神は陽真)はまたひとつ、女性としての身体が持つ“武器”を知った気がした。 「……女同士だからって、ドキドキすることだってあるんだから……」 杏里のその言葉が、耳の奥で反響していた。 照れくさそうに視線を逸らしながら、彼女は洗面台に手を置いて体を少し預けるように立っていた。 その姿が、どうしようもなく愛らしく見えた。 陽真――澪の体に宿る彼は、喉の奥でごくりとつばを飲んだ。 女同士。触れても、近づいても、許される距離感。 その“特権”を、自分は今、完全に享受している。 (ほんの、軽くなら……キス、してみても……) 理性が、かろうじて引き止めようとした。 だが――心の奥では、明確な欲望が脈打っていた。 それは興味でも、好奇心でもなかった。 「女性の姿をした自分が、女を誘惑する」という背徳的な状況への、確かな興奮だった。 「杏里……♡」 自然に手が伸びた。杏里の肩に、そっと触れる。 そのとき杏里がはっと目を上げたのを見て、澪(精神は陽真)は思った。 (今だ――♡) そして、ほんの一瞬。 柔らかな頬の横を指先で撫でるようにして、陽真は――澪の唇を使って、杏里にそっとキスをした。 それはあまりに短く、軽く、そして柔らかかった。 しかし、触れた瞬間、杏里の体がぴくりと跳ねた。 「――……っ!!」 すぐに離れた。 澪(精神は陽真)の顔を、杏里が見上げる。その目が、驚きと戸惑いに揺れていた。 「な、なに……!? 今の……! えっ、ちょっと……うそ、キス、した……?」 「ご、ごめん……なんか、自然に……♡」 澪(精神は陽真)は言い訳にならない言葉を口にした。 心臓がドクドクと打っている。澪の体の秘部は、興奮と緊張で湿り気と熱を帯びていた。 けれどその視線の奥に浮かぶ満足感――“してやった”という確信が、自分でも抑えられなかった。 杏里は一歩下がった。 手で自分の唇をおさえて、顔を真っ赤にしている。 「ちょ、ちょっと……澪、今日ほんとおかしいよ……!? キスとか、冗談じゃ済まないってば……!」 「……杏里が、可愛かったから♡」 その言葉は、自分でも驚くほど素直だった。 そして杏里の表情が、ぐっと険しくなる。 「なにそれ……そんなこと、いつも言わないじゃん。なんか……今日の澪、ほんと変。話し方も、仕草も……」 (――まずい) ようやく、理性が自分の腕を引っ張った。 やりすぎた。たしかに、杏里は百合じゃない。だからこそ、あれは「違和感」になってしまった。 「ご、ごめん……私、ちょっと……ほんとに変かも……」 澪(精神は陽真)の言葉に、杏里は困ったように眉をひそめた。 「……うん。なんか、違う人みたい。正直、ちょっと怖い……」 その一言が、胸の奥に突き刺さった。 今の“自分”は、彼女にとっての“澪”ではなかった。 澪(精神は陽真)は、唇を噛んだ。 楽しいスリルのはずだった。 けれど――それは、他人の人生を借りて“遊んでいた”に過ぎなかったのだと、今になって痛感する。 杏里は視線を逸らし、洗面台のタオルで手を拭いた。 「……とにかく、戻ろ。午後の仕事もあるし」 「あ……うん……」 それ以上、何も言えなかった。 午後の業務は、思いのほか静かに過ぎていった。 午前のランチ、そしてあの出来事が、まるで遠い記憶のように感じられるほどに。 杏里とはその後、ほんの少しだけぎこちない会話を交わしたきりだった。だが、それ以上追及されることもなく、澪(精神は陽真)は、無事に業務を終えることができた。 そのまま、陽真は澪として業務をこなした。 32.定時退社 午後五時を数分過ぎたころ、社内にふわりと柔らかな解放感が漂い始めた。 デスクでPCを閉じ、資料を整え、バッグに手を伸ばしながら、澪(精神は陽真)は思った。 (……え、ほんとに……もう帰っていいのか……?) 信じられない、という気持ちだった。 いつもの自分――男性の姿で働いていた職場では、定時で上がるなんて滅多に許されなかった。 「もう少しお願い」「これだけ済ませてから」そんな言葉が当然のように飛んできた。 それが今日は、まるで潮が引くように人々が各々席を立ち、オフィスが空いていく。 (澪って……いつもこうやって、定時でちゃんと帰れてたのか) 驚きと同時に、少しだけうらやましさが胸に込み上げた。 同じような年齢で、同じように働いているのに。 職場も仕事内容も違うとはいえ、この“扱いの違い”は、少なからず衝撃だった。 肩に軽くバッグをかけ、オフィスのエレベーターを降りながら、澪(精神は陽真)はふとスマホを取り出した。 画面には一通のメッセージ。 ──「ごめん、ちょっと帰り遅れるかも」 送り主は、陽真(精神は澪)だった。 「あー……やっぱ、男の体って大変なんだな……」 思わず、小さく苦笑が漏れる。 澪も今、陽真がいつも味わっていた“帰れない日常”を体験しているのかもしれない。 【先に帰ってるわね、はるくん♡】 そうメッセージを返し、ゆっくりと駅へと足を運ぶ。 駅のホームは、通勤ラッシュが始まる少し前。まだ人の流れは穏やかだった。 制服姿の高校生、仕事帰りのサラリーマン、腕を組むカップル―― そのどれもが、自分とは無関係のようで、どこか遠く感じられた。 (……今の俺、“女の人”に見えてるんだよな♡) スーツの裾をつまむようにして座席に腰を下ろすと、太ももに沿ってビジネスパンツの生地がぴんと張った。 その感触が、まだ慣れない。 でも、もう少しで“当たり前”になってしまいそうで、それが少し興奮した。 帰りに、澪(精神は陽真)はランジェリーショップにも足を運んだ。その際に少しエッチな下着を何点か購入したが、そのことを陽真(精神は澪)は知る由もなかった。   澪のマンション- マンションの鍵をバッグから取り出し、エントランスのオートロックを抜ける。 ドアが開くと、冷えた空気がふっと頬を撫でた。 「……ただいま」 思わず、小さく口にしていた。 自分の声じゃない。けれど、すっかり馴染み始めた“澪の声”だった。 スーツのジャケットを脱ぎ、丁寧にハンガーに掛ける。 パンプスを脱いでスリッパに足を入れると、足裏がふわりと軽くなった。 何もないリビング。 陽真の姿をした澪はいない。 部屋には静寂が広がっていて、それが少しだけ心地よくもあり、少しだけ寂しくもあった。 胸元にそっと手を添えてみる。 下着の中に収まったふくらみの感触が、指先を通して確かにそこにあった。 (今日は……いろいろありすぎたな♡) 杏里の笑顔、戸惑い、驚き。 けれどこの身体のままでいる日々は、きっと予想以上に、自分の心に揺れを与えていくのだろう。 (……早く帰ってこないかな♡) 陽真の姿をした澪を思い浮かべながら、澪(精神は陽真)はゆっくりとソファに身を沈めた。 夜は、まだ始まったばかりだった。 33.異性の体でしかできないこと 澪(精神は陽真)が家に着いた数時間後。 夕暮れの空が淡く色づく頃、澪のマンションのドアが静かに開いた。陽真(精神は澪)が、やや疲れた表情を浮かべながら帰宅したのだ。スマホのメッセージで、定時に帰れそうにないことを伝えていたが、ようやくその日の仕事を終え、マンションに帰ってきたのだった。 「ただいま……」彼女は軽くため息をつき、玄関で靴を脱ぎながら、ふとリビングのソファに目をやった。 そこには、澪(精神は陽真)が、リラックスした姿勢でくつろいでいた。 「おかえり。残業だったんだ♡」澪(精神は陽真)は声を弾ませて、彼女を見つめる。 陽真(精神は澪)は苦笑しながらも、彼の視線に少しだけ照れくさそうに目を逸らした。「うん……正直、男の身体での仕事は慣れないけど、今日はなんとか乗り切ったよ」 その言葉に、澪(精神は陽真)はわずかに笑みを深めた。 「ねえ……♡」澪(精神は陽真)はゆっくりと立ち上がり、陽真(精神は澪)に近づいた。「土曜日に身体が入れ替わってから、ずっと考えてたんだけど、お互いの異性の体でしか味わえないこと、感じられないこと……一回だけ、試してみない?♡」 陽真(精神は澪)は、その言葉に思わず顔を赤らめ、目を逸らす。「な!?……恥ずかしいよ、私……絶対嫌!!……」 澪(精神は陽真)は悪戯に微笑みながら、陽真(精神は澪)の顔をそっと覗き込む。「恥ずかしいのはわかる。でも、女の子の気持ちよさを感じてみたいんだ。一回だけでいいから……♡」 その言葉に陽真(精神は澪)は心の中で葛藤した。男の身体になったことで感じる戸惑いと、陽真の体で感じる男性の身体の性欲の強さ。そのどちらもが彼女を揺さぶっていた。 「……一度だけだよ…」やっとの思いで、悩んだ結果渋々ながら陽真(精神は澪)頷いた。 澪(精神は陽真)嬉しそうに微笑み、陽真(精神は澪)の手を握った。身体は違っても、心はお互いに繋がっていることを実感しながら。 二人はゆっくりと、そして慎重に新たな扉を開けることになった…♡。 -続く-



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