小説 【入れ替わり・恋人同士】⑨

-目次- ・25.ガサツな女の子 ・26.歯ブラシ交換 ・27.女の体で誘惑 25.ガサツな女の子 オムライス屋から帰宅後。 マンションのエントランスを抜け、二人はエレベーターに乗り込んだ。 小さな箱の中、無言のまま。 ほんの数秒の沈黙が、やけに長く感じられる。 「ピンポーン」 エレベーターが澪の部屋の階に止まって、部屋に向かった。 部屋のドアが開くと、空気がふっと緩んだ。 外の涼しさとは違って、部屋の中はどこかあたたかくて、気の抜ける安心感がある。 「……やっぱ帰ってくると落ち着くな♡」 澪(精神は陽真)が、ほっとした声でそう言うと、靴を脱ぎそのまま、ふらふらとリビングへ向かう。 「ちょ、ちょっと……! 陽真、手、洗ってないでしょ!?」 陽真(精神は澪)は、急いでその背中を追いかける。 「なんだよ、今は俺の体だし別にいいだろ?」 「よくないっ!」 バタンと音を立ててソファに座り込み、肩をのばして大きく伸びをする“澪の姿”。 それを見て、陽真(精神は澪)は思わず言葉を詰まらせた。 「ちょっと、しかもなんなのよその座り方…!」 脚を広げるように座り、背もたれにどっかりと体を預ける澪(精神は陽真)。 さらに追い打ちをかけるように、ワンピースの裾がずり上がっていて―― 「ちょっ、ちょっと……!」 陽真(精神は澪)は慌てて近づき、ブランケットをさっとかけた。 「見えてる、ってば……っ。私の体で、そういうだらしないことしないでよ……!」 「え、なになに?」 澪(精神は陽真)は、イタズラっぽく笑っている。 「下着隠してよ!!」 陽真(精神は澪)は顔を真っ赤にしてソファの横に立ったまま、怒った。 どうしても、精神が追いつかない。 “自分が”だらしなくしているようにしか見えなくて、胸のあたりがざわついた。 「え〜? でもこの座り方、めっちゃ楽なんだ♡」 「楽でも……見えてるんだってば……っ!!」 「見られて困るもんでもないだろ?」 澪(精神は陽真)はそう言いながら、ソファに深く沈み込んだ。 澪の顔で、にやにやと笑っているその姿に、陽真(精神は澪)はもうどうしていいか分からなかった。 「お願いだから……“私”でそういう顔しないで……」 視線を逸らしながら、陽真(精神は澪)はキッチンへ向かった。 とにかく、何か気を紛らわせないと、心が落ち着かなかった。 「コーヒーでも淹れる……?」 陽真(精神は澪)は声を少し荒げ、一応聞いた。 「おっ、気がきくな♡やっぱ女子って男子に優しくしてもらうと嬉しいな♡」 「誰が女子よ……っ!」 ソファの上、澪の身体がのびのびとくつろいでいる光景が、目に焼きついて離れなかった。 ――静かな夜が、また少し、騒がしくなりそうだった。 26.歯ブラシ交換 コーヒーを飲み終えた後、気持ちも少し落ち着き、陽真(精神は澪)は口を開いた。 「もう10時近いし、明日から出社だし。とりあえず、歯磨いて寝よっか」 「は〜い♡」 洗面所。 二人が並んで鏡の前に立つと、少しぎこちない沈黙が流れる。 「じゃ、アタシは〜これっ♡」 澪(精神は陽真)は迷わず、澪のピンク色の歯ブラシを手に取った。 「この毛先の細さ……女子っぽい♡」 「ちょっと、やめてよ!それ私の……!」 とっさに言いかけた陽真(精神は澪)は、そこでふと我に返る。 (あ……今、あっちが“私の体”なんだった……) 思わず口をつぐみ、視線を歯ブラシ置きに戻す。 すると、そこには水色の歯ブラシが残っていた。 いつもは彼氏の陽真が使っている、がっしりとしたグリップに、幅広のヘッド。 「……え」 手を伸ばしかけて、陽真(精神は澪)は動きを止めた。 (いやいやいや……陽真の……口に入れてるやつを……私が……!?) 当然、今の「澪の体」は陽真のものだから、それを使うのが正解なのだけれど。 でも、それでも。気持ちの問題というものがある。 「うぅ……無理……」 「どうしたの?♡」 「なんでもない……」 小さく呟いて、陽真(精神は澪)渋々水色の歯ブラシを手に取った。 そっと水で濡らしながら、できるだけヘッドに指が触れないように持ち上げる。 (……なんか、間接キスとかいうレベルじゃない……) 隣で楽しそうに歯を磨く澪(精神は陽真)が、イタズラに笑っているのを見て、ますますモヤモヤが募る。 「うふっ♡……この歯ブラシ、なめらか♡まさに繊細な乙女にぴったりって感じだわ♡」 「それ私のやつなのに、気持ち悪いこと言わないで……」 「うふっ♡」 鏡に映る“澪の顔”がにっこり笑っているのは、見ていて複雑な気分だった。 ようやく歯磨きを終えて、すすぎを済ませると、二人は洗面台を片付けた。 「さて、あとは寝るだけだな♡」 「ふぅ……なんかもう、今日一日で変な疲れ方した……」 「でもさ、歯ブラシって……一番リアルじゃない? 入れ替わってる実感あるっていうか♡」 「わたしにとっては一番無理だったわよ……」 「ありがと♡ 俺の歯ブラシ、大事に使ってくれて♡」 「冗談じゃない……明日には絶対に自分用の新品を買うから!」 そう言って、陽真(精神は澪)は静かに洗面所の電気を落とした。 体は入れ替わっても、心の距離感はまだ、ぎこちないままだった。 27女の体で誘惑 寝室- 「じゃ、寝るか♡」 二人は歯磨きを終え寝室へ向かう。 陽真(精神は澪)はベッドに潜り込むと、 それに続き澪(精神は陽真)もベッドに潜り込んだ。 お互いに「おやすみ」と声を掛け合って、就寝しようとして、数分が経った。 陽真(精神は澪)の隣からガサゴソと微かな衣擦れの音が聞こえた。 「……ん? 何やってんの?」 「ちょっと着替えてるだけ♡」 「着替える?どういう意味?」 陽真(精神は澪)は意味がわからなかったが、睡魔もあり無視することにした。 しばらくして、「じゃーん♡」と澪(精神は陽真)の声。 振り向くと、澪(精神は陽真)がエッチなポーズを決めて、黒いパンティだけの姿になっていた…。 「ねぇ、ダーリン♡どう?この下着、けっこうセクシーでしょ〜ん?♡」 「ちょ!?なんでそんなの着てるの!? 私の体で変な下着付けないで!!」 「澪の体なら似合うかなって思って♡昨日買ったエロ下着付けちゃった〜ん♡」 「やめて!!……ほんとに……!!」 ベッドの片側で小さく丸くなった陽真(精神は澪)は、顔を手で覆った。 「もう、お願いだから私の体で勝手なことしないでよ……」 澪(精神は陽真)が、パチッと照明をつけると、澪(精神は陽真)の魅惑的な体がより鮮明に見えた。 その格好を見て、陽真(精神は澪)は固まる。 「女の体で、男を誘惑するのめっちゃ興奮する…♡」 「最低…やめて!」 顔を真っ赤にして枕を抱きかかえる陽真(精神は澪)。 「ほんとに……そういうの禁止!」 「はーい♡でも、はるま君のおちんちんも、ビキビキに勃起してるわよ〜ん♡」 「黙って寝て!」 陽真(精神は澪)は掛け布団を引っ張りながら、二人の夜は更けていった。 陽真(精神は澪)は、さっき見た元の自分の裸体が瞼の裏に焼き付いてベッドの上でそわそわと落ち着かず、なんとか気を紛らわせようと体を動かしながらも、ふとした瞬間に感じる横の元の自分の体に顔を赤らめてしまった。 「なんなの……自分の体だってわかってるのに、なんでこんなに気になるんだろう……男の体だから?」と、小声でつぶやく。 澪(精神は陽真)は、そんな陽真(精神は澪)の様子を見て、にやりと笑いながら軽くからかう。 「ねぇ♡可愛いうぶな坊やね…♡お姉さんのおっぱい触りたいの…?♡」 陽真(精神は澪)は慌てて顔を背けて、必死に声をあげる。 「や、やめてよ! なんでこんな時に……勃起なんて……もう、一週間もこのままなのに!」 澪(精神は陽真)はそんな陽真(精神は澪)の恥ずかしがる姿を楽しんでいるようで、くすくすと笑った。 二人はお互いの体に戸惑いながらも、少しずつこの不思議な状況に慣れていくのだった。 元に戻れるまで、あともう少し。 だけど、その一週間は、これまでとは違う感覚と感情が交差する特別な時間になっていた。 その日は気づいたら、二人は眠りに落ちていた。 -続く-



AD
x
AD
x

相關作品