小説 【入れ替わり・恋人同士】⑧

-目次- ・22.女の子のお着替え ・23.オムライス屋さん ・24.男女の支払い問題 22.女の子のお着替え 「……え、ちょっと待って!?」 陽真(精神は澪)は澪の寝室のドアを開けて絶句していた。 部屋の中では、澪の姿をした“陽真”が、澪の洋服タンスを全開にして、めちゃくちゃ楽しそうに服をあさっていた。 「うふっ♡このワンピ可愛い〜♡ 白ってやっぱ清楚の王道だよな♡」 「勝手に人の服漁らないで!!」 「今はアタシが澪だもん♡」 その瞬間、ゾワッと全身に鳥肌が立った。 「や、やめて! その“女口調”で私の顔使わないでほんとに! 無理だから!」 陽真(精神は澪)は慌てて部屋に駆け込み、ワンピースを奪おうとしたが、一足早く澪(精神は陽真)はその“白いワンピース”をひらりと羽織ってしまっていた。 「うっふ〜ん♡ 似合う?♡」 「似合うに決まってるでしょ! 私の体なんだから! でもそれを“あんた”が着てるのが……っ!」 自分の顔が、自分の服で、自分じゃない誰かの表情をしている――その違和感がたまらなく気持ち悪かった。 「ほら〜、アタシの方が着こなしてるでしょ〜ん?♡」 「やめろぉぉぉおお!!」 数分後。陽真(精神は澪)は陽真のタンスを開け、彼の私服ゾーンをぼーっと見つめていた。 (……え、これだけ?) 中に入っていたのは、黒とかグレーのTシャツ、よれたデニム、何枚かの短パン。パーカーもあるけど、どれも似たような色。 華やかさゼロ、個性もゼロ。男の服って、こんなにつまらなかったっけ……? 「ねぇ、はるまくん♡選べたぁ?」 「うるさいっ!」 思わず素の声が出た。 私は渋々、黒のTシャツと灰色の短パンを引っ張り出し、着替える。 「なんで女の私が、こんな男の“無個性ファッション”着なきゃいけないのよ……」 Tシャツの肩幅はやたら広いし、短パンは膝上まで露出して風通しが良すぎる。 肌はざらざらしてるし、服の素材も硬い。 「しかもなんか、全体的に……男くさいし…」 「そりゃそうよ…はるまくん、男なんだから♡」 後ろから、白いワンピースをふわっとなびかせた“澪”がのぞき込む。 「ねぇ見て、ウエストのラインとかさ、思ったより細いし、足長いんだね、ア・タ・シの体♡」 「人の身体で自己評価しないで!!」 「だってさー、嬉しいじゃん? こういうのって。自分で自分の魅力を再発見的な~?♡」 陽真(精神は澪)はタンスの前にしゃがみ込んだまま、ため息を吐いた。 (……この地味なTシャツで外出とか、本当に耐えられない……) それでも陽真(精神は澪)は、ぐっとこらえながら立ち上がった。 「外行くんでしょ? 行くなら行くで、早く靴出して」 「は〜い♡あ、でもその靴はお互いの足のサイズ違うから気をつけてね〜♡」 「わかってるわよっ!!」 ドタバタと部屋に響く怒鳴り声。 -数分後- 「じゃあ行こっか♪」 張り切った声とともに、“澪の姿”をした陽真が、玄関先でくるっとその場で一回転した。 足元には、澪の大切にしていた白いレースのショートブーツ。 数少ないお気に入りの靴だったのに、今その中に収まってるのは――私じゃない。 「……それ、結構高かったブーツなんだけど」 「そうなんだ…可愛いわねこれ♡ほら、ぴったり♪ アタシの足、案外ちっちゃくてキュッとしてるんだね♡なんか、履いたとき“きゅんっ”てした♡」 「きゅんっ、じゃないわよ……」 陽真(精神は澪)は、隣で“汚れ気味のスニーカー”に足を突っ込みながら、深いため息をついた。 それは陽真のスニーカー――サイズはぴったりだけど、微妙に靴の中が蒸れてる気がして、正直テンションは下がりっぱなしだった。 「……スニーカーって、こんなにゴツゴツしてたっけ」 「うん、男の靴って無骨だよね♡あ、そうだ、はるまくん…♡」 澪(精神は陽真)がニッコリと笑って、わざとらしく女の子っぽい声で言った。 「せっかくだから、外では“しっかりエスコート”するんだぞ♡」 「……今すぐ帰りたい」 • 夕暮れの街。 二人は駅前の商店街に出た。どこかで夕飯を食べよう、というのが今日の目的。 けれど、出て数分で陽真(精神は澪)はすでに疲弊していた。 「……っ、ちょ、いたっ!そこの人、ぶつかって……!」 見知らぬサラリーマンがすれ違いざまに肩を押しのけていった。 陽真(精神は澪)は思わずバランスを崩しそうになる。 「うぅ……そっか…今私、男に見られてるんだ」 そう――陽真(精神は澪)の外見は今、“陽真”そのもの。 170cm程で、ガタイもそこそこある。道行く人の目線が、明らかに「男」に向けられているのがわかる。 「……ねぇ、なんか肩ドンって当てられたんだけど」 「男って、そんなもんだよ?♡」 澪(精神は陽真)は気にしてなさそうにニヤついた。 「ふふっ、てか見て、このブーツ……アタシにめっちゃ似合ってない?♡」 ショーウィンドウの反射を見てポーズを決める“澪”――つまり、澪の身体に入った陽真。 その足元には、白くてレースのついたショートブーツ。澪が前に奮発して買った、お気に入りだった。 「もうちょっと慎重に履いてよ……それ、踵、擦りやすいから」 「はいはい、わかってるって♡ でもほら、こうやってカツカツって音立てながら歩くと、なんか女子力感じるのよ♡。テンション上がるわ♡」 陽真(精神は澪)はため息をつきながら、陽真のスニーカーを履いてることに屈辱感を感じた。 サイズは合っているけど、なんというか……存在感がありすぎる。重いし、少し汗っぽいし、なんかちょっと臭いし…。 隣では澪(精神は陽真)が、スカートの裾をひらひらさせながら嬉しそうに歩いていた。 人通りはまばらだけど、それでも通り過ぎる人々の視線が、自分たちに向けられているのがわかる。 その理由は、はっきりしていた。 ――見た目は“男女のカップル”。 陽真(精神は澪)は、男らしい体格のスニーカー男子。 隣には白いワンピースを揺らした女の子が歩いている――そう、“澪の身体”である陽真が。 「うぅ……さっきからちょいちょい睨まれてない? っていうか、通路でも譲られなくなってるし」 澪はふと気づいた。 今までは、駅の通路でもエレベーターでも、何かと譲られる側だった。 でも今――“男の姿”で歩いている自分に、誰もそんな気を遣ってくれない。 「……うぅ。これが、男社会ってことなの……」 「男の大変さが、わかったでしょ?♡」 横で涼しげな顔をした“澪(精神は陽真)”が、口元を手で隠して笑う。 「なんかねぇ〜、アタシってば、ずっと見られてるの♡ 今日のワンピ、やっぱ正解だったな〜♡。ねぇ、見て、あのお兄さんもチラッと見た♡」 「やめて……そのテンション、私の顔で女の子みたいな顔しないで…!」 「ふふっ♡、でもさぁ……**女の子って、見られる側なんだなってちょっと実感♡**しかも、それが悪い気しないわね♡」 「あんた男でしょ……」 陽真(精神は澪)は横目で“澪の顔”を睨みながら、スニーカーの重さを足裏に感じていた。 こうして歩いているだけでも、周囲から期待される“振る舞い”が、全然違う。 自分の視線があまり動かないようにしていても、男の顔をした澪は無表情に見えるらしく、通りすがりの人にチラと見られて、なぜか避けられる。 「……男の人って、街の中で、こんなに避けられてたの?」 「それが世間の“警戒心”ってやつじゃない? ほら、俺の体ってわりかし、ガタイもいいし♡」 「なんで、私がこんなごつい体になったの…」 澪は腹立たしいような、複雑な気持ちで顔をそらした。 ――他人の男性の身体を借りて、社会に立つこと。 それは、自分の価値観や“普通”をひっくり返していく、不思議な体験だった。 • 「ねえねえ、晩飯どうする?♡」 「……ファミレスとかで、軽くでいいんじゃない?」 「え〜、せっかく女の子の姿なのに、もっと映えるとこがいいな〜♡。パスタ? オムライス? パンケーキ?♡」 「あんた、完全に“私の体”楽しんでるでしょ……」 「ばれた?♡」 くすくすと笑う“自分の顔”が、ふと本当に自分以外に見えた。 不思議で憂鬱な気持ちだった。 この時間が“あと何日”あるのか、ふと憂鬱になってしまう澪だった。 23.オムライス屋さん 夕暮れが濃くなってきた頃、二人は駅前の人気洋食店へと足を踏み入れた。 店先には「本日のおすすめ♡ふわとろオムライス」と書かれた手書きのボードが置かれ、外観からして明らかに“女子向け”。 「ここ、気になってたんだよね〜♡」 澪の身体をした陽真が、スキップするような足取りでドアをくぐる。 ワンピースの裾が軽やかに揺れ、白いブーツの足取りには、もうすっかり“女性の馴染み”が感じられた。 「えでも、満席じゃん……って、あれ……?」 店内に一歩入った瞬間、私は自分の身体をぎこちなく動かして気づいた。 ――周囲を見渡すと、ほぼ全員が若い女性。 女友達同士か、時々母娘。 そして、男性は――陽真(精神は澪)だけ。 (……え、嘘?男は私だけ……!?) 「いらっしゃいませ〜、2名様ですか?」 「は〜いっ♡2名です♡」 澪(精神は陽真)は、元気よく手を挙げて返事をした。 その姿は自然で、隣にいる“澪”――つまり陽真の体に入った澪――のほうが、よっぽどぎこちない。 「カウンター席になりますが、よろしいですか?」 「全然だいじょうぶです♡」 (全然って……!) 陽真(精神は澪)は無言でうなずいた。 数歩歩いただけで、すでに店内の視線を感じている。 チラ、チラ、と向けられる好奇と警戒の入り混じった視線。 (わかってる……私は“男”に見えてる……) カウンターに腰を下ろした瞬間、背筋をまっすぐにしすぎた自分に気づく。 リラックスしようとしても、肩が固まる。周囲の視線が気になって仕方ない。 「ねぇねぇ〜、オムライス、プレートセットにする? デザート付きのやつもあるわよ♡」 「う、うん……」 「なんかさぁ、この店、女子しかいないね? 男子1人だけって、どんな気持ち〜?♡」 目をキラキラさせながら、澪の顔でそんなことを言ってくる“陽真”。 「……あんたねぇ……」 陽真(精神は澪)は目線を落として、小さな声で言った。 「せめてその顔で、そういうこと言うのやめて……本当に周りの女子がこっち見てんの、恥ずかしいんだからね……」 「だってさ〜、可愛い服で可愛い店に入って、テンション上がらないわけないじゃん?♡ むしろ、まわりの視線を一身に集めてるアタシって、ちょっと勝ち組♡」 「こっちは完全にアウェーよ……」 「それ、澪の体じゃなくて“男”として扱われてるんだもんねぇ? きっと“彼女と来てる彼氏”って思われてるよ? がんばって、“彼氏っぽく”ふるまってね♡」 「……もう水飲むだけで緊張する……」 陽真(精神は澪)はカウンターの水グラスを持ち上げて、小さくため息をついた。 ――手がでかい。指も太い。 まるで自分じゃない手で水を飲んでいるような違和感に、今さらながらゾッとする。 「……やっぱ、変よね。人から見られる自分が、自分じゃないっていうの、気持ち悪い」 「へえ〜? アタシ、逆にめっちゃ気持ちいいけど♡なんか、存在が“受け入れられてる”感じ?♡」 「それ、なんかむかつく……」 • 注文したオムライスが到着すると、店内の空気にようやく少し馴染み始めた。 ふわとろの卵の上に、ケチャップでハートの絵が描かれていた。 「わ、かわいい〜♡」 「……え、私、これ……?」 「はるまくん、せっかくだし“写真”撮ってあげようか? 顔は撮らないようにしてあげるから、SNSに載せなよ?“彼女とオムライスなう”って♡」 「帰りたい……」 オムライスはやたらにふわふわだったけど、陽真(精神は澪)はスプーンを持つ手にも、視線にも、なんとなく気が張っていて、味がよくわからなかった。 隣で、「うーん♡」と幸せそうに頬張る“澪の顔”が、やけに楽しそうだった。 24.男女の支払い問題 ふわとろのオムライスを食べ終えた二人は、ゆっくりと席を立った。 「ごちそーさまでした〜♡」 “澪の姿”をした陽真――つまり澪の身体の彼が、手を合わせて満面の笑みを浮かべる。 その口調はどこまでもぶりっ子。 体が自分自身なのに、その振る舞いのせいで、自分が“第三者”として見えてしまう感覚。澪はまだ慣れなかった。 そして、レジ前。 店員さんが「お会計、二名様で2,180円になります」と言ったそのとき。 陽真(精神は澪)はさっとポケットに手を入れたが―― (……あれ?) 目の前の“澪(精神は陽真)”は、まるで財布を出すそぶりすら見せない。 「……ねぇ」 「ん? なぁに?♡」 「いや、“お会計”……」 「うん。はるまくん、お願いね♡」 わざとらしく上目遣いでそう言ってくる“澪の顔”。 その顔が、たまらなく腹立たしい。 仕方なく、陽真(精神は澪)のポケットからピンク色の――つまり“澪”の財布を取り出した。 財布は小さくて、レシートとポイントカードでパンパン。 改めて“自分の私物を、他人の手で使っている”感覚が、じわりと押し寄せてきた。 「……2,180円ちょうどで」 「ありがとうございます〜」 支払いを終えて外に出ると、夜風が少し肌寒く感じた。 • 「ねぇ〜、はるまくんっ。さっきはごちそうさまでしたぁ♡」 駅前の通りで、ワンピースをひらひらさせながら“澪(精神は陽真)”が嬉しそうに言った。 まるでアイドルのファンサのようなテンションだ。 「……」 陽真(精神は澪)は一歩下がって、思わず深いため息をついた。 (いや、なんで私が払わなきゃいけなかったのよ……っていうか、食べに行きたいって言ったの“陽真”なのに……) 「……ねぇったら」 「ん〜? なぁに?♡」 「陽真さ、なんで財布出さなかったの?」 「だってぇ? 今、澪が男でしょ? だったらエスコートも支払いも、やっぱ男の役目でしょ〜?♡」 口元に指を添えながら、冗談めかしてそう言う“澪の顔”。 その軽さに、陽真(精神は澪)のこめかみがピクッと動いた。 「……ちょっと待って。それ、どう考えてもおかしくない?」 「なんで?♡」 「そもそも、“体を交換しよう”って言ったの、あんただからね?」 陽真(精神は澪)は語気を強めて言った。思わず歩みを止める。 「“ちょっとだけ女の体、体験してみたい”って……それ、あんたの好奇心でしょ。私は断ったよね? 最初は」 「でも結局、OKしてくれたじゃん〜♡」 「渋々ね!! しかも、機械が壊れて一週間も戻れないって分かった時、あんた、真っ先に“ま、いっか”って言ったよね?!」 “澪”の顔で、陽真は小さく肩をすくめた。 「だって〜、どうせなら楽しもうかな〜って。せっかく女の子の体になったんだし?」 「……あんた、本当に最低……」 言った後で、少し空気が重くなった。 澪も分かってる。 陽真が悪気なく軽口を叩いてるだけだってことも。 だけど、それでも―― 自分の体で、勝手に“女のフリ”をされて。 自分の財布で、“男として”支払わされて。 その積み重ねが、どうしてもモヤモヤを膨らませていく。 • 「……ごめん、ちょっと言いすぎた」 沈黙の中、陽真がぽつりとつぶやいた。 「たしかに、俺が言い出したことだし、調子に乗ってたかも……。でも……」 「でも?」 「ちょっとだけ、楽しかったんだよ。“女の子”として振る舞えるの。 周りが優しくて、自分が“可愛くいられる”のが、なんか、こう……不思議な感じでさ」 澪はその言葉に、少しだけ胸の奥が冷えたような気がした。 「……私は逆。“男らしさ”を求められて、ちょっとしんどいかも」 「そっか……」 ふたりはしばらく無言で並んで歩いた。 風が少し強く吹いて、澪(精神は陽真)のワンピースが揺れた。 (きっと、お互い、ほんの少しずつ分かりはじめてる――) この不思議な一週間が、ただの“好奇心”で終わらなければいいと澪は思った。 -続く-



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