小説 【入れ替わり・恋人同士】④
-目次- ・10.女性用トイレ ・11.雌の肉体で排便 ・12.ノーパン 10.女性用トイレ ショッピングセンターの出口に近い通路を歩いていたとき、 澪(精神は陽真)が、ぽんと手を挙げた。 「ねえ、ちょっと……トイレ行ってきていい?♡」 軽やかに、どこか楽しげな声だった。 「……えっ?」 陽真(精神は澪)は思わず立ち止まり、顔を引きつらせた。 「え、なに?ちょっと待って……ほんとに行くの?」 「うん。だって、もう限界……さっきから我慢してたし♡」 確かに、歩きながら何度か足をもじもじさせていたのは見えていた。 ただ――その体は、私の体だ。 陽真(精神は澪)は、自分の中身がそこにないのに、その体を使って“トイレに行く”という行為に、どうしても引っかかりを感じてしまう。 「……わかってると思うけど、その体……私のだからね?」 「うん、もちろん♡ 大事に使うよ♡」 にっこり笑う澪(精神は陽真)。無邪気で悪びれた様子は一切ない。 その様子に、陽真(精神は澪)は何も言い返せなくなった。 一週間もこのまま。日常生活を送るには、避けて通れないことだ。 「……はぁ……もう……わかったよ。ちゃんと、丁寧に……使ってよね」 「はーい♪ はるまくん優しい〜♡」 そう言って、澪(精神は陽真)はくるりと振り向き、女性用トイレの方向へ向かっていく。 陽真(精神は澪)は反射的に呼び止めかけた。 「……え、ちょっ、そっち!?」 「だって、今“女の子の体”だし? 男の方入ったら、捕まっちゃうわよ♡」 (……そうだった。今、外から見たら私は“彼氏”で、彼は“私”なんだ……) トイレの入り口に掲げられた、赤と青のピクトグラム。 澪(精神は陽真)は、当然のように赤い方へ進んでいく。 その背中を見ていると、どうにも不思議な気分になってくる。 女の子らしい後ろ姿。細い脚と、ゆれる黒いプリーツスカート。 自分の体が、自分じゃない誰かに使われて、知らない場所に入っていく。 そう思いかけたとき、澪(精神は陽真)が後ろを振り向いた。 「個室空いてるといいな〜♡ じゃ、すぐ戻るから!」 ひらひらと手を振って、女性用トイレの中へと消えていく。 陽真(精神は澪)は、その場に立ち尽くしたまま、ぼそりとつぶやいた。 「……なんか、どんどんペース持ってかれてるな……」 これから、自分の身体で誰かが“用を足す”。 (ほんとに……これ、一週間続くの……?) 不安と羞恥の入り混じる感情が、胸の奥でじわじわと熱を帯びていた。 ――ショッピングセンター・女性用トイレ個室にて 「……うわ、本当に、ここまで違うんだな……」 個室の鍵をカチリと閉める音が、やけに大きく響いた。澪(精神は陽真)はゆっくりと深呼吸をし、目の前の現実を静かに受け入れようとしていた。 今、自分は“澪”の身体になっている。 入れ替え装置《エクスチェンジャー》に入ったのは、ほんの1時間前のことだった。1日だけだと聞かされていたし、終わったらすぐ戻されると思っていた。だが、機械のエラーを告げられた「一週間は復旧できません」の言葉。それが、澪(精神は陽真)の中に、少しの優越感を与えてしまった。 (澪の体で、一週間……♡) そして今――彼は女性用トイレの個室に、一人で座っている。 尿意はすでに限界に近かった。下腹に張りつめた感覚。男の時とは違い、膀胱が下のほうに引きずられるような、生々しい圧迫感だった。 スカートをまくり、慎重に下着を下ろす。つい視線が下へいってしまう。 そこにあるのは、自分のものではない“彼女の一部”。それが今、自分のものとして機能しているという現実。 (うわ……これ……♡) 便座に腰を下ろした瞬間、尿が自然と流れ始めた。 「……あっ……♡」 思わず小さな声が漏れた。力を入れたつもりはない。けれど、身体はまるで“いつも通り”とでも言うように、スムーズに反応してくる。 尿が出る感覚――それも、これまで経験したことのない場所から。それは物理的な違いだけじゃなく、意識が向く場所そのものが変わっているようだった。 温かい水音が、個室の中に長く響く。 (すげぇ……♡) 羞恥とともに、体が雌の体になっていることへの強烈な実感。どこかくすぐったくて、不安で、それなのに目をそらせない感覚が、澪(精神は陽真)の中で膨らんでいった。 尿が止まり、ホッとしたのも束の間、今度は腹の奥が鈍く重くなってくる。さっきから少しだけ感じていた腹痛が、徐々に強まっていた。 11.雌の肉体で排便 「……まさか、立て続けに……?♡」 便意だった。さっき病院を出る前から少しだけ感じていた腹の重たさが、本格的に動き出していた。 (……この流れで、やるしかないよな♡) 澪(精神は陽真)は一度、腰を軽く浮かせるようにして体勢を直し、重心を落としなおす。細い腰回り、思ったより薄い腹の皮膚、その内側から湧き上がってくる圧迫感。 そっと腹筋に力を入れる。すると―― 「……っ♡」 肛門が自然に緩み、体の中からゆっくりと、押し出されていく感覚。温かくて、やわらかくて、どこか“慎重に動かさないと壊れそう”な感覚が続く。 (男の体と全然違う……!♡) 排泄物が出ていくたびに、腹が軽くなっていく実感。だけどそれ以上に、身体の反応そのものに気を取られていた。筋肉の使い方、皮膚の密着感、肛門周辺の繊細さ――どれもが、今まで経験したことのないレベルで「意識できてしまう」。 自分の身体なのに、まるで他人の身体を“内側から”観察しているような感覚だった。 ようやく終わったとき、澪(精神は陽真)はそっとペーパーを取った。 拭くのも、慎重にならざるを得なかった。どこを、どの程度の強さで拭けばいいか、全く分からない。澪はこの身体を楽しんでいた、でもこの身体が傷ついたり汚れたりするのは嫌だった。自然と手つきが優しくなる。 何度か紙を替えながら、汚れがなくなるまで、丁寧に。 拭き終えたときには、呼吸がやけに深くなっていた。 (これ……一週間か♡……いや、もう俺、“女の身体”としてちゃんと生活してんじゃん……♡) 便座から立ち上がった瞬間、太ももの内側に残ったわずかな汗と、服のまとわりつく感触が、生々しく“現実”を引き戻してきた。 「……ふぅ……♡」 自分ではない“澪”の顔。でもその顔に、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。 排泄を終え、ペーパーを流し、便座からゆっくり立ち上がる。腰回りの筋肉が思った以上に細く、バランスを崩しそうになるのを、壁に手をついてなんとか耐えた。 「……よし、終わった。……で、次は……♡」 足元にずらしていた下着に、視線が吸い寄せられる。 ――水色の縞々のかわいらしい布地。朝、澪が自分で選んで身につけた、今日の“彼女のパンツ”。 (……これ、澪がさっきまで履いてたやつなんだよな……♡) その事実が、心の中にじわじわと染み込んでくる。たった数時間前、彼女が自分で手に取り、足を通し、腰まで引き上げたもの。今それを、自分の手で、自分の足で履こうとしている。 目の前の下着が、ただの布ではないように見えた。まるで、彼女の生活、彼女の時間の一部を自分が“受け継いで”しまったような、不思議な重さと熱を感じる。 「……なんか、変な感じだな……でも……♡」 自分が感じているこの高揚感を、正直に言葉にするのは難しかった。いやらしい興奮とは少し違う。でも、心拍が少しだけ早くなるような、胸の奥に軽い火種が灯るような――そんな感情。 両手でパンツを持ち上げ、腰を少し落として、履こうとしたその瞬間だった。 「……っ!」 ふいに、ツッと下腹から力が抜けたような感覚が走り、わずかに温かい液体が脚の付け根を濡らした。ほんの一瞬、だが確実に“漏れて”しまった。 「あ……うそ、まじか……♡」 慌てて下着を見ると、履く直前だったにも関わらず、中心にうっすらと濡れた跡が広がっていた。まだ身体のコントロールがきちんとできていないのか、それとも、単に油断しただけなのか―― 「……これ、もう履けないな……♡」 紙で軽く押さえてみたものの、乾くには時間がかかる。ここで履いてしまえば、スカートまで染みてしまう可能性もある。 選択肢は、ひとつしかなかった。 「……仕方ない、ノーパンで出るか……♡」 言葉にした瞬間、背中をぞくりと何かが這い上がるような感覚がした。 トイレの個室で、下着をつけずにスカートだけで出ていく。それはあまりに“非日常”で、“危うい”。 だが、それを今からやるのは――自分だ。 そっとスカートを引き上げ、ウエストに整える。個室を出て、手洗い場の鏡をちらりと見た。そこには何も知らない彼女の顔が、ほんのわずかに頬を赤らめてこちらを見返していた。 (澪……お前の体、すげぇな……♡) 軽く息を吐き、個室のドアに手をかける。誰にも気づかれないように、何でもない顔で。 でも、自分だけは知っている。 今この瞬間、誰よりも“生身”の実感を持って、この体と一緒に歩き出していることを。 カチリ、とドアが開いた。 12.ノーパン 「……おまたせ♡」 その声が聞こえた瞬間、澪(精神は陽真)が女性用トイレのからそろりと出てきた。 どこかしら挙動不審で、歩き方が妙にぎこちない。 「……なんでそんなにソワソワしてるの?」 陽真(精神は澪)は、目を細めながら尋ねた。 でも、なんとなく、嫌な予感はしていた。というより――もう察していた。 「えっ、そ、そんなことないよ? ただ、ちょっと風が気持ちいいなって……!」 澪(精神は陽真)に浮かんだ笑みが、不自然に明るい。 手はずっとスカートの裾を抑えていて、風が吹くたびに微妙に足を組み直している。 「ねえ……まさかパンツ履いてないとか言わないよね?」 陽真(精神は澪)は半分焦り、半分祈るような気持ちで聞いた。 澪(精神は陽真)はしばらく無言だった。そして、観念したように笑う。 「……だってちょっと、汚れちゃったし。新しいのを履くのもったいないし。ね?♡」 「もったいないって何よ……!」 思わず声を上げそうになった澪は、周りの目を気にして深呼吸した。 「もう折角買ったんだから、履きなよ。後でホテルに着いたら、ていうか今すぐ履いてほしいけど……」 「えー、せっかくの開放感を……♡」 「開放感いらないの。ていうか、私の体なんだけど、それ」 「それはわかってる! わかってるけど、ちょっと体験してみたいっていうか……♡」 あくまで好奇心からだ、と主張する澪(精神は陽真)に、澪(精神は陽真)は額を押さえて項垂れた。 「……お願いだから、変なことで目立たないで。電車の中で風とか来たら、アウトだからね」 「はーい……わかってまーす♡」 やけに軽い返事に、陽真(精神は澪)はもう一度深い溜息をつく。 (私の体で、なんでこんなに自由なんだか……) 「もう……早くホテル行こ。ね」 「うん。わたしも、そろそろ休みたい~♡」 「その喋り方やめて」 「えー、なんでぇ~?♡」 「……マジでやめて」 そんなやりとりをしながら、ふたりはモールを抜け、駅へと向かっていった。 自分じゃない体、自分じゃない声。 優越感と屈辱感が交わる、一週間の始まりだった。 -続く-
