「交尾」と「セックス」の境界は何処か

 いつもお世話になっております。とえるです。

 早速ですが今回は、skebの方でいただいたリクエストのイラストを紹介させていただきます。



(※)文字無し差分

 もしかしたら「どっかで見覚えあるな…」となった方もいらっしゃるかもしれません。実はこの子たち、だいぶ前に出した同人誌のキャラクターなんですよね。こんな前の本のキャラを覚えててくれた人がいて大変うれしかったです。こういうリクエストもらえるとな~~~!!!バンバンリクエスト承認しちゃうな~~~!!

 それを記念して、というわけではないのですが、煮っころがしプランで以前発刊したこの同人誌をデータ版として頒布させていただきます!

 4年前の原稿と向き合うのは地獄の責め苦にも等しく、編集作業が遅々として進みませんが……週中には公開できるかと思いますのでしばらくお待ちください。よろしくお願いします!

 さて、今回の記事はこの二人にちなんで「交尾」と「セックス」の境界について語らせていただこうかと思います。(何にちなんでるんだ?という至極まっとうなツッコミは受け付けません)

 皆さんは「交尾」と「セックス」と聞いて、その二つの単語の違いをどこに見出しますか?とりあえず語義を記事内で一義的にするために、ネットの辞書から二つの単語の意味を引用してみます。

①こう‐び〔カウ‐〕【交尾】

[名](スル)体内受精をする動物が、生殖のために交わること。互いの生殖口を密着させ、雄の精子を雌の体内に送り込む。交接。

②セックス【sex】

性の交わりを求める欲望。性愛。また、性交。

→せい‐こう〔‐カウ〕【性交】

[名](スル)性的まじわり。肉体のまじわり。交合。交接。

※goo国語辞書より引用

 「セックス」という言葉は外来語ですので、日本語でもっとも語義に近い「性交」という単語も合わせて引用させていただきました。こうして辞書を引くと、普段何気なく使っている単語の本来の意味を知ることが出来て学びになりますね。

 この解説を見比べたとき、直感的な感想として、『交尾=動物的』、『セックス=人間的』、という対比で二つの単語の差異を表せるかと思います。交尾の解説はいかにも動物の営みの解説っぽいですし、セックスの解説は動物の行為には適用できない曖昧さが含まれているので、すぐに理解できるかと思います。

 ただし、交尾を辞書解説の通り「生殖」を目的とした機能的行為のみであると規定すると、現実世界との矛盾が生じます。何故なら自然界においても同性での性的接触は頻繁に見られ、それらの行為にも問題なく「交尾」という単語が適用されているからです(こんな記事とか)。なのでここでの交尾とは、「たんに生殖を目的としていることに留まらない、動物の性的接触」と定義しておいた方が適切でしょう。

 では、このように定義した「交尾」と「セックス」の差異は、具体的にはどこに根差しているのでしょうか。それはずばり、「文脈」の差です。(こいついつも文脈の話してんな…)

 現代社会に於いて、他者とセックスに至るには様々な社会的な要請をクリアする必要があります。相手の同意なしに行為に及べばそれはレイプという犯罪ですし、場所を弁えずに行えばそれは公然わいせつになります。また、合法違法という論点だけではなく、「質の良し悪し」という点にも社会的な要請はあります。例えば適切なコミュニケーション、行為を盛り上げるムード作り、行為に及ぶ前後のケアなど、枚挙に暇がありません。つまり「セックス」という単語は、人間が社会秩序を構築する上で、好ましいとされる規範を前提とした文脈の上に存在する単語なわけです。

 他方で交尾は、そうした要請から解放された行為に適用されている単語と言うべきでしょう。理由は単純で、動物は人間の持つ文脈を共有しないからです。だから彼らはしたいときに、したい場所で、己の本能に赴くまま「交尾」をします。我々が動物園で時折目にする動物の交尾は、まさに彼らが人間社会とのコンセンサスを有しない確たる証拠なわけです。

 また、こうして「交尾」という単語を定義すると、人間の営みの中にも「交尾」が存在することが理解できるでしょう。この記事のイラストがまさにそれです。場所を弁えず、コミュニケーションを取らず、ムードもへったくれもなく、ただただ肉欲を満たすために腰を打ち付ける。濁った喘ぎ声はまさに獣のそれで、彼らの行為は社会的な営みから最も離れた、肉欲の本質とも言うべき行為なのです。それも当然で、少年同士の性の営みは、社会的な文脈に接続できるほど成熟していないんですね。要するに「お前らが盛りあってもそれは『交尾』であって『セックス』じゃねえぞオスガキども」ってことなんですね。ただ、何事にも例外はあります。ガキ同士の交尾を、人間の営みに変えるファクター、それはなんでしょうか。

 そうです。

 顔の良い男、すなわち「攻め」です。

 「攻め」とはつまり「顔の良い男に神より与えられる”称号”」であり、それ自体が高度な社会的文脈を持ちます。なので野性的な雄交尾も、「攻め」の称号を得た者が行えば、それは甘く切ない受けとの「セックス」になるわけです。最近はコンプライアンスの問題で減ってはいるものの、全盛期は完全ド直球のレイプも「危うい独占欲」という文脈に回収するほどの力を誇っていた攻めの権能はいまだ現役です。「攻め」が出てくればセックス、「攻め」が居なければ「受け」どうしの交尾、これがこの世の理です。解ったね?

 つまり何が言いたいかというと、


 こっちも受けです。

 本日はこれで終わりです。明日は無料記事で今やってるソシャゲに絡めてなんか話せたらなぁと思ってます。どうぞよろしくお願いします!






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