渾身のネタがなぜウケない?「山奥日本刀理論」

こんにちは。福田ナオです。。。

先週の更新が水曜日までずれこんでしまったのを心に引きずっているので、

なんとしてでも今日は日曜日中に…更新する!!!(すでに月曜のAM5時ですが私が眠るまでは日曜日なのです)


本日は月イチ更新の「普段描いているときに考えてること」のやつをやります。

さて、今回は「渾身のネタがウケなかった!!」ってときに「もしかしたらこれが原因かも?」というヒントになるかもしれない話をやっていきます。

Twitter漫画以外でも特に汎用性の高い回な気がします。よろしくお願いします。


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■渾身のネタがウケないのは「山奥で日本刀を打っている」からではないか説

 Twitter漫画・その他の創作・あるいは日常会話でさえも、渾身のネタがウケないというのは顔が赤くなるやら白くなるやら精神的にとっても苦しいことです。

 スベるのは単純に恥ずかしいしこれまでの努力が報われないわけですし二重の意味で時間を巻き戻したくなる…。

 

 もしあなたがそう言った悩みを抱えていて、

 絵を志す方なら画力・小説なら文章力や構成力といった基礎面が周りと比べてそこまで劣っているとも思えないのであれば、


 ウケない理由の一つとして大きいのは「山奥で日本刀を打っている」からかもしれません。


■山奥で日本刀を打っているってなんだよ

 現代日本で山奥で日本刀を打っている人のことを考えてみてください。

 きちんと刀匠としての資格を持っている人というより、なんというかもっとこう…フィクション的な、「てやんでい!!」みたいな…みんなの心にいるけど実在はしないガンコ職人のイメージです。



 現代社会で日本刀が必要な場面はありません。

 鑑賞用であっても一部のマニア以外はよくわからないしそんなに興味もない代物だと思います。

 

 だから、このガンコ職人が「オレの日本刀を見なさいよ!!ホラ!!」とただ単に言ったところで、多くの人にとって「いや知らんがな」になってしまう確率がかなり高いんです。


 そして「いや知らんがな」と言われたガンコ職人は悩みます。

 「一体オレの日本刀の何がいけねえんだ…そうだ!!もっと刀鍛冶の技術を磨こう!!」と言って3年山籠もりを決意するのでした……。


 そういえば、このガンコ職人は日本刀を打ってどうしたいのかの目的を明記していませんでしたね。

 では、ガンコ職人の目的が「一人でも多くの人にもっとオレの日本刀を見てもらいたい」だった場合、その3年の山籠もりの努力は果たして報われるでしょうか。


 また、ガンコ職人が実は承認欲求の化身で「こんなすごい日本刀を打てちゃうオレのことを一人でも多くの人に褒めてほしい」だった場合、その3年の努力は報われるでしょうか。


 どちらも答えはNOっぽいのではないでしょうか。


 渾身の創作がウケないということ、

 そしてウケなかったときに技術面から改善を試みようとすることの図式もこれと近いんじゃないかなと思っています。


 まぁ要するに

 ・技術自体は十分に備わっている

 ・ネタが世の中の需要に即してない

 ・需要のミスマッチに気づかず、やっていることそのものを変化させようとはしていない

 ・質を上げれば事態が好転すると思っている


 ということですね。


 ただし、ガンコ職人の目的が「もっともっといい日本刀を打ちたい」なら、この3年の努力は報われると思います。

 渾身の創作もそうですね。他者の評価に関係なく自分が満足いくものが作れればいいんだ!というのならそれでよくて、というかそのほうが他者の評価に依存しない分よっぽど健全です。


■日本刀じゃなくてもいいんじゃないの?と考えてみる

 さて、渾身のネタが山奥で打った日本刀だったのかもしれない…と気づいた場合どうしたらいいでしょうか。

 「作るの、日本刀じゃなくてもいいんじゃないのぉ?」と考えてみましょう。



 <山奥日本刀ガンコ職人でいえば…>

 大好きな日本刀じゃなくて包丁のほうが人々に受け入れられやすい

 (本当は日本刀と包丁は全然別物で求められるスキルも違うと思いますが、もののたとえということで許してください…)


 あるいはその技術で刃物とは全然違う金属製品を作れてしまうかもしれない。


 <渾身のネタを繰り出す創作者でいえば…>

 自分が一番気持ちいいディープさのボケじゃなくて何枚か浅くわかりやすいレイヤーにしてみると、たくさんの人が理解できる


 あるいは全然違うジャンルの方が向いているのかもしれない。


 ということですね。

 

 「いいやオレはそれでもやっぱり日本刀が打ちたいんだ!!!!」というのならば、需要のあるものとくっつけるのがいいんじゃないかと思います。

 たとえば擬人化が流行っていたときにイケメン×擬人化×日本刀をやってのけた『刀剣乱舞』のヒットはモロに好例ですよね。


 あとは女子高生が筋トレするとかバイクに乗るとかもそういう理屈で行われているはずです。


 とにかく、自分の作ったものが周りに受け入れられなくて気持ちがそわそわしたときに、


 ただただ日本刀を打ちたいだけなのか、

 打った日本刀を世間に認めてもらいたいのか、

 あるいは自分の技術や自分自身が人々から求められるようになりたいのか…

 などなど、自分の願望を直視してみて、


 「日本刀以外の道も探ろうかな」とか

 「日本刀を見てもらうにはもっとどうすればいいかな」とか考えてみると

 願望の成就に大きく近づけるんじゃないかな~と思いました。


■福田ナオ絵の例

 福田ナオ絵も大なり小なり"日本刀"を山奥で大量生産していまに至っています。


 例えば、最初は「福田ナオちゃんって面白いよね」って言ってほしくて自分を全面に押し出した話をよくやっていました。

 恥ずかしながら、私の自我そのものが私にとっての日本刀だったんです。




 福田ナオちゃんそのものがすっごく人気ならこういう回もウケると思うんですけど、

 全然知らん赤の他人が大多数のインターネットで、こういうエピソードがタイムラインに投じられたところでほとんどの人は「だからなんやねん」みたいな感じですよ。


 もちろんたまにはこういうエピソードがあった方が人間性の深掘りにはつながるので無駄だとは思いませんが…。


 そして私の目的意識としては

 「ネットでウケたい」>「福田ナオちゃんそのものを好きになってもらいたい」

 っていう力関係だったので、

 福田ナオちゃんや私の趣味を全面に押し出すというよりはきちんと「受け入れられやすさ」を吟味するようになりました。


 もちろん、「自分が納得のいく好きなネタでウケたい」が最優先なので、

 イヤイヤやっているネタや、「私はつまらないと思うけどネット民はこういうの好きなんでしょ」的なネタは一切ありません。




↑福田ナオちゃんの個人的な事情とかは一切排して、ネット民が好きそうな楽しさに全振りしている回の例。


ちなみにこのオチの「その二人がくっついちゃったの!?」のセリフも相当悩んだんですよね。


①初期案(自分が一番気持ちいい、"日本刀"なツッコミ)

「救われるはずだったオタクくんと病み女子が人生の迷子になってる!!」(上手いこと言おうとして文字増えてスベりそう)



②文字数減らし案(読んだ人の自然な感想に近づけようと努力)

「最強の子供じゃん!!」(やや論理の飛躍がある)



③最終案(ボケの論理を嚙み砕いて説明すると共に読んだ人の気持ちを誘導する)

「その二人がくっついちゃったの!?」


このように、

ネタの吟味の段階でも、

そしてひとつのネタの中でも、

「山奥日本刀理論」を持ち出しながら慎重に内容を決定しているわけなんです。


というかもともとVTuberだったのに今は1ページ漫画を投稿しているというのも、

私の動画みたいなニッチジャンルで戦うのをやめたという意味では山奥日本刀理論の産物なのかもしれませんね…。


ちなみにファンボックスや単行本などに関しては

そこまでアクセスしてくださる方は「山奥に私の日本刀を見に来てくださった方」だと勝手に解釈しているので自我をバリバリお出しさせていただいております。

気持ちいい~~~

いつもありがとうございます。


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はい、というわけで今回は終わりです。

なんだかうまくいかないときはこの「山奥日本刀理論」を思い出してみてはいかがでしょうか。


ご覧くださりありがとうございました!!!!!!!!!!!!!


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