凜華 【カット6】
【カット6】 囚われた獲物
「うッ……」
鼻孔を貫く刺激臭に、凜華の端正な顔が歪む覚醒の気配をみせはじめた。
瞼がゆっくりと開かれて、焦点の合わない瞳が現われる。
いまだに思考が定まらないようで、ボーッとしたままで見上げている。
しばらくして、自分を覗き込んでいる人物がいることに、ようやく気づいた。
焦点が定まってくると、その輪郭もしっかりとしてくる。そして、長髪を首の後ろにまとめた若い男であるのがわかってくる。
(えっと……誰だっけ……)
見覚えがあるが、また頭が働いていないのか状況を理解できない。
そんな凜華の様子を、男は面白そうに見下ろしていた。
(アタシ……寝てた? なんで、そうなっているんだっけ……)
まだ重い頭から、苦労しながらも記憶を手繰りよせていく。そうして、後輩である加勢 任里とともに繁華街を訪れて、その帰り道で男たちに絡まれていた女性を助けたのを思い出していった。
(それから、確か任里の知り合いのお店に……あぁ、この男性はカウンターにいた人か……)
目の前にいる男の素性を思い出したは良いが、サービスで差し出されたカクテルを口にしてからの記憶が曖昧だった。
激しく動いた後に摂取したために、急激にアルコールがまわったのだろうか? それならば、介抱してくれたお礼をいうべきだろうか。そんな事を考えて、横たわる身体を起こそうとして違和感を感じる。
シーツの上に横たわる身体がピクリとも動かないのだ。大の字の姿勢のまま起き上がることができない。
身動ぎしようとすると、ギチギチッと何かが軋む音が聴こえてくる。
(な、なんで……)
状況がわからずに焦りだす凜華に、覗き込んでいた男――狩人が堪えきれずに笑い出す。
「く、くく……いいリアクションだ。まだ身体の感覚が戻ってないのだろう? これなら自分の状況が把握できるかな?」
目の前から狩人の顔が退くと、その向こうにあった奇妙なものが目に飛び込んでくる。
ーーそれは、暗闇に浮かぶ全裸の女だった……
手脚を投げ出して大の字となった女は、その裸体に衣服はおろか、下着すら身に付けていなかった。
よく引き締まったスレンダーな肢体だ。それでいて、女として必要な部分にはシッカリと丸みをもっている。丸みをおびたヒップ、くびれたウェストにボリュームあるバストと、それらが描く曲線は惚れぼれするほどだ。
それを更に強調するように、白い柔肌に黒革のベルトが巻き付いている。根元から圧迫した双乳のボリュームを増し、ウェストをさらに絞り、腰回りを引き締めている。
それだけでなく手首、足首、二の腕、太もも、さらの首にも巻き付けられていた。ショートカットの前髪から覗き見える口元すらも黒革で覆われているのだ。
身体に巻き付いたベルトには、八方から伸びるベルトが連結されている。その姿は、さながら蜘蛛の巣に囚われた哀れな蝶のようであった。
厳重に拘束された姿に、ドキッとしてしまう凛華であった。
憧れだった兄弟子との短い交際で、わずかな逢瀬の経験しかない彼女にとって、セックスとはいまだに愛を確かめる神聖な行為という認識だった。
それでも、知識としてSМの存在は知っており、それを愉しむカップルいるのも認識している。
(す、凄い格好……)
巻きつく黒革のベルトによって、卑猥に変形させられた女体に、頬が熱くなってくるのを感じる。
恥ずかしさに目を反らしつつ、それでも覗き見てしまう。
だが、そうしているうちに違和感を抱きはじめる。拘束された女が、自分と同じようなリアクションをしてくるからだった。
そうしている間に、麻痺していた身体の感覚が戻ってくると、脳裏にある疑惑が持ち上がってくる。
(ちょっと、待って……まさか、アレって……)
凛華の顔から、みるみる血の気が引いていく。それを横目に狩人はベッド脇から足元へと移動していく。
「あぁ、それは鏡にうつるお前の姿だよ、凛華」
その部屋は、天井が一面鏡張りになっているのだ。黒いシーツがひかれたベッドの上に大の字に拘束された凛華の姿を映し出していたのだ。
「んんーーッ!?」
激しい呻きを上げて凛華が身を捩った。だが、四肢はおろか身体にも連結されたベルトが彼女の肉体をベッドに括り付けて、ピクリとも身動きさせない。
どれだけ必死に暴れようとも、ギシギシッとベルトが軋むだけで、拘束が緩む気配もない。
「無駄だ。お前の身体能力を見越して、いつもの倍のベルトを使ってるからな」
「んッ、んんぅッ」
「まぁ、だからと言って、素直に諦めないだろうけどな」
狩人の言葉を聞いても、凛華は抗うのは止めはしなかった。
そして、狩人の方もその姿を三脚セットしたカメラで淡々と録画していく。
そこはラブホテルの一室であり、調教配信でよく利用するSМルームであった。
照明が抑えられた広々とした室内には、天井から枷つきの鎖が垂れ下がり、十字架の磔台や三角木馬などの設備がズラリと並んでいる。凛華が横たわるベッドも拘束ベルトに加えて、シーツも撥水加工が施された素材が使用されている。
それらの設備の充実ぶりはオーナー趣味が反映されているためだ。彼は狩人が配信する鬼哭チャンネルの熱心なリスナーでもあり、防音性に優れたこの部屋を、いつでも無料で提供してくれるのだ。
さらに配信しやすいように無数の隠しカメラを配置するよう工事して、画像編集できる別部屋まで用意してくれていた。
この繁華街だけでも、そうした自由に使える調教部屋がいくつもあり、アンダーグラウンドサイトを支援する者が多いのが容易にうかがえる。
「さて、予告どおり、今回の調教対象は聖ミカエル女子大二年の佐貫 凛華だ。空手の腕前は、先の映像でみた通り。なかなか正義感もあり、勇敢な女だよな。それだけに、粘ってくれそうで愉しみだよ」
カメラに向かって語りだした狩人だが、その口ぶりは、まるでこれから料理でもするかのようだ。凛華を活きの良い魚を仕入れたかのように語る様は、彼が同様のことを数多くこなしてきたことを物語っていた。
だが、当事者である凛華は、そこまで冷静には観察できてはいない。フー、フーッと荒く鼻息をつきながら、近づいてくる狩人をキッと睨みつけてくる。
「あぁ、そうだ。いい反応だな」
反抗的な態度にも関わらず狩人は上機嫌だ。耳から垂らす金属棒のピアスをピンッと指で弾き、澄んだ金属音を響かせる。
それが上機嫌なときにおこなう彼の癖だと配信を愉しむリスナーたちは知っている。そして、それが発生するのを心待ちにしているのだ。その理由は興が乗った彼の責めがいつも以上に強烈になり彼らを大いに愉しませてくれるからだった。
次第に彼の口端がつり上がり、瞳が爛々と輝き出す。
「さて、流儀なんで自己紹介させてもらうよ」
狩人は笑みを浮かべて凛華に語りかけていく。
「俺の名は狩人。鬼哭チャンネルを配信しているんだが、そこでは凛華のように勇ましい美女をこうして捕らえて調教している」
そう言うと用意していた道具をひとつ、またひとつと凛華の周囲に置いていった。
麻縄、革製の拘束具、アイマスクや多種多様な口枷、大小様々なバイブレータ類、鞭や浣腸器と続いていく。
それらの多くは凛華には用途も分からない物ばかりだったが、卑猥な行為に使われるのだけは想像できた。
そして、それが自分に使われるという事を信じたくはなかった。
「 わかるか? これらを使って凛華には普通では味わえない肉の悦びを教えてやる。そうして、肉悦に溺れ、マゾの魔悦を刻み込み、縛られて雄に奉仕することに悦びを感じる牝奴隷へと堕としていく。その過程をリスナーに愉しんでもらおうってわけだ」
男が語る内容を凛華には理解できなかった。いや、正確には理解したくなかったのだ。
彼女にとって狩人は卑怯な手を使う悪漢であり、その言葉は狂人の戯言にしか聞こえない。それを鵜呑みする気など彼女にはないのだ。
(マゾ? 牝奴隷? 妄言をいって、この男は異常者なの?)
彼女にとって異性には自分より力勝って欲しいという願望があった。
薬を使って眠らせる卑怯な手など論外であり、まだ力任せで襲ってきた大男の方がマシに思えた。
(絶対に許さないんだからッ)
四肢を拘束するベルトを引き千切らんばかりに力を入れて、目の前の男を睨みつける。
その姿を見下ろしながら笑みを深めた狩人は、ネクタイを緩めて服を脱ぎはじめるのだった。
