凜華 【カット4】

【カット4】 悪漢退治


 その日、部活を終えた凜華は都心部に来ていた。

 新たに入部した後輩から自分用の防具を見立てて欲しいとせがまれたからだ。同郷だという彼女に都心を案内しつつ、行きつけのショップへと向かう。

 年の離れた弟がおり、もともと世話焼きの凜華は年下に頼られると嫌とはいえない性格だった。

 そんな彼女の性格を把握している後輩たちも、ちゃっかりローテーションを組んで、男装の似合う美形の先輩とのデートをちゃっかり愉しんでいる。

 凜華の方も後輩たちの思惑を理解しており、まるでデートをするかのようにエスコートして悦ばせてみせるのだった

 まずは他の後輩たちと同じようにショップに立ち寄ると、熱心に防具を吟味していく。すでに顔馴染みとなっている店員との会話を凜華自身も愉しんでいた。

 そして、これまた馴染みとなった喫茶店へと足を伸ばして、お茶をすることにした。道中、中性的な雰囲気の凜華の美貌に、街ゆく男女の視線が集まる。それを味わいながら、まるで恋人同士のように腕を組んで愉悦に浸るのが後輩たちの狙いだった。

 今日のお相手である加勢 任里(かせ とうり)もご満悦な様子で、フルーツを盛沢山なパフェを頬張りながらニコニコとしている。

 最近、空手部に入部してきた後輩で、クリクリとした瞳と人懐っこそうな顔立ちが印象的な少女だった。

 空手は未経験ということだったが、教えていた凜華も驚くべき上達の速さでメキメキと実力をつけてみせて彼女を悦ばせていた。

 時折、小柄な体躯からは予想もできないキレのある蹴りを放つようになっていて、大会上位の常連である凜華の練習相手をつとめるほどになって、周囲を驚かせていた。


「このままいけば、次の大会から出ても良いかもね」

「えーッ、ホントですかぁ、じゃぁ、もっと頑張らないとッ」


 テーブルを挟んでガッツポーズをとってみせる任里へと手を伸ばすと、凜華は頬についているクリームを紙ナプキンで拭ってあげた。


「そんな慌てないで、もっと、ゆっくり食べなよ」

「えへへッ、憧れの先輩との都会デートで、つい嬉しくって」


 気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる後輩に、凜華は優しい笑みを浮かべる。そんな二人のやり取りを周囲のテーブルに座る女性客たちが羨望の眼差しを向けているのだった。


(また、このパターンか、たまにはアタシも甘える側になりたいなぁ)


 そのボーイッシュな外見から同性に甘えられることの多い凜華であったが、人並みに恋に焦がれるお年頃の女性でもあった。

 竹を割ったようなサバサバした性格と空手で腕っぷしも強いことから、行為を寄せられるのは年下の弟タイプが多かった。

 だが、彼女自身は存分に甘えたい欲求があり、包容力のある強い異性が好みなのだった。唯一、それを満たしていた同門の兄弟子がいた。

 幼い頃から一緒に鍛錬を積んできた二つ年上の彼に甘い想いを抱いていた凜華は、進学によって地元を離れて遠い土地へと向かうことを知ると勇気を出して告白したのだった。

 その想いは、彼が地元を離れる一年という期限付きであったが無事に叶えられた。それからの彼女は、周囲も驚くほどの甘えっぷりで、憧れの人との恋人関係を愉しんだ。

 だが、甘えさせて大事にされていたが、どこか妹のような扱いに終始していた。その為、関係を深めようと凜華は奮闘して、ついにクリスマスの夜に念願の処女を捧げることもできたのだった。

 たくましい身体に抱かれて、自分が女であることを噛みしめた。それからの三ヵ月は、自分でも驚くほどに性にのめり込んでしまい、当時を思い出すだけで、頬が赤くなってしまう。

 翌年の春に彼が去って関係は解消された。それから、何人かに告白されたこともあったが、彼以上に魅力を感じる相手には出会えておらず、交際することもなかったのだった。

 だが、いまでの当時の事を思い出しては、ひとり夜の行為に及んでは満たされる想いに悶々としてるのだった。


「……先輩? おーい、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、ゴメン。ちょっとボーッとしてた」

「大丈夫ですか? 顔も赤いですし、具合が悪いようでしたら、このまま帰りましょうか?」

「だ、大丈夫だよ」


 体調を配する後輩に慌てて取り繕うと、誤魔化すように席を離れてトイレに向かう。

 それを笑顔で送り出した任里は、その姿が見えなくなると人懐っこい笑顔をスッと消す。すると、それを見越したように、バッグに入れていたスマホをメッセージの着信を報せた。

 その内容を確認した少女が向けた視線の先には、奥のテーブルに座る狩人の姿があるのだった。

 二人は頷きあうと、任里は何事もなかったかのように表情を戻す。そうして、戻ってきた凜華とともに喫茶店を後にするのだった。




 その後もウィンドウショッピングを楽しんだ二人は、繁華街へと足を向けた。

 そこの複合施設の高層階にあるレストランで、都心の夜景を見下ろしながら食事を愉しむまでが後輩たちのお決まりのデートコースになっているのだった。

 後輩と一緒ということでアルコールは控えて、フレンチ料理に舌鼓をうった凜華だったが、目の前の夜景に目をキラキラとさせて悦ぶ後輩の姿に満足していた。

 自分も地方から上京したての頃は、同じように先輩に付き合ってもらって同じような反応をしていたのを思い出し、いつか自分も逆の立場でデートを愉しみたいと思うのだった。

 そうして、デザートまで堪能した二人は帰宅の途についた。


「先輩、今日はお付き合いいただき、ありがとうございましたッ」

「こちらも愉しかったよ」

「ワタシもですッ」


 凜華が見立てた防具の袋を大事に抱える姿に表情を和らげると、任里が利用している私鉄駅まで見送ることにした。

 凜華が使用しているJRの駅からは離れており、繁華街を横切るように抜けていく必要があった。

 大勢の人で賑わう大通りを離れると、小さな店が肩を寄せ合う狭い横道へと入っていく。

 そこが最短距離なのだが、煌びやかな表通りとは違い、薄暗く薄汚れた路地にケバケバしいネオンが灯った雰囲気が不安を煽ってくる。

 後輩を安心させようと声を変えようとした矢先、なにかを見つけたようでギュッと裾を掴んできた。

 その視線を追えば、通行人のいない狭い路地で諍いが起こっているようだった。

 ひとりの女性に三人の男が群がっているのだ。腕を掴まれて、恐怖の表情を浮かべる女性の顔を見た途端、凜華が迷うことなく駆けていた。

 男の腕を掴んで女性から引き剥がすと、その身を盾にするように立ち塞がるのだった。


「嫌がってるじゃないか、止めなさいよッ」

「なんだテメェわッ」


 男たちはアルコールが入っているのか赤ら顔だった。大学生だろうか、ラガーシャツを来た三人は揃って肩幅のあるガッシリとした体格をしている。特に中央で対峙している男にいたっては二メートル近くもある巨漢だ。

 肩幅もあり、まるで壁のように凜華を上から見下ろしている。

 だが、ひと回り以上も違う対格差でありながら、凜華に怯んだ様子はない。それどころか、正義感の強い彼女は、酒に酔って女性に狼藉を振るう男たちの暴挙を許せないのだった。

 憤慨する彼女を見下ろしていた大男だったが、ようやく相手が女だと気づいたようだ。途端に、顎のしゃくれた口元を緩ませはじめる。


「あぁ、なんだよ。なら、これでお互いに三人だ。乳繰り合うには、ちょうどいいじゃねぇかよ」


 意味ありげに視線を交わして下種な笑みを浮かべる男たちに、凜華の嫌悪感はさらに膨れ上がる。

 身体に触れようと伸ばされた腕を打ち払い、キッと相手を睨みつける。

 その予想外の反応に男を気を悪くしたらしい。さらに掴みかかろうとしては、手を払われていくのだった。


「いってぇなぁ……くそッ、優しくしてりゃ、つけあがりやがってッ」


 怒りでみるみる顔を赤らめた男は、両手を広げて迫ってくる。狭い路地だ。背後に女性をかばう凜華には逃げ道がなかった。屈強な肉体の鎧にひ弱な女の力では抗えないだろう。

 そのまま抱きかかえて、隣接するホテル街にでもしけこもうと考えているのが、その卑猥な表情から容易にうかがえた。

 対する凜華は深く息を吐き出すと、肩を引いて空手の構えに移っていた。激高した様子は影をひそめ、その表情は冷静さを取り戻していた。

 強い意志を宿した双眼で相手を見据えると、素早い蹴りを放つのだった。

 柔らかな身体を活かした鞭のような下段蹴りが、踏み出した相手の足に打ちつけられる。


「――ぐあッ」


 男の歩みが止まり、態勢が崩れる。すかさず下がった首筋へと二撃目が打ち下ろされた。目に留まらぬ速さの二連撃だ。背後にいた仲間の男たちには、なにが起こったかも理解できない。

 突然、目の前で仲間の巨体がグラついたかと思えば、そのままアスファルトの路面へと崩れ落ちたのだ。


「お生憎様、女だからって舐めているからよ」


 蹴りを放った姿勢の維持したまま、倒れて白目を剥いている男を鼻で笑う。

 そうして、残る男たちへとす視線を向けるとキッと睨みつけて威圧するのだった。






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