『淫獣捜査 隷辱の魔罠』第92話

『淫獣捜査 隷辱の魔罠』 第92話 「追われる理由」  仕切り板の向こうが急に騒がしくなっていた。どうやら店へ入ろうとする者たちが、なにやら揉めているようだった。 「どけや、ゴラァッ」  柄の悪そうな怒声が聴こえてきは、それに応える様々な国の言葉たち。その中から、どうにか英語だけは聞き取れたけど、中国語、ドイツ語らしき言語となるとお手上げだ。  恐らくカウンターに座っていた客たちのものなのだろう。国際色豊かな言葉が好き勝手に応えるものだからカオスな状態だ。 「こ、ここは日本やぞ、日本語を喋れよッ」 「えぇい、店もん出さんかいッ」  そう怒鳴る相手の気持ちも分からなくはない。複数の人の話を聞き分けてみせた聖徳太子でも無理な状況に思えた。  次第に相手の苛立ちが募り、今にもブチ切れそうな気配が伝わってくる。 「しょうがないわね、ちょっと失礼するわね」  筋肉隆々の店主が俺に熱烈な投げキッスを残して席を離れた。腰を振って可愛らしいステップで対応へと向かう彼の後ろ姿を見送ると、俺と玲央奈は物陰からそっと様子を伺ってみる。  店の狭い入口には派手な柄や色の服装の角刈りやパンチパーマの強面の男たちがいた。見るからにヤクザ者とわかる連中だ。  見えるのは三人、恐らくは外にも控えているのだろう。殺気立った雰囲気からして軽く一杯を引っ掛けに来店してきたとは思えない。  そんな彼らの前に壁になっているのは、予想通りにカウンター席にいた客たちだった。  俺たちが来た時とは違い、全員が顔を赤らめて激しく酔っているようだ。ヤクザたちに絡み、それぞれの母国語でまくしたてている最中だ。  陽気に酒を進める者、泣き上戸で絡む者、意味もなく歌い出す者と混乱は増すばかりだ。そんな彼をかき分けて店主が前へと出ていく。 「ハイハイ、オ待タセシマシタ」  ようやく、まともに対応できる者がでてきたと安堵するものの、その相手はピンク色のエプロン姿の筋肉隆々の大男だ。彼もまた先ほどの流暢な日本語とは違い、たどたどしい喋り方をしていく。  相手の日本語が分からないとばかりに、何度も聞き直しては会話がループして煙に巻いてみせた。  その最中に、彼が覗き見ていた俺にウィンクをしてみせて、騒ぎから抜け出たトレッドヘアの男がこちらへとやってきた。  綺麗に切り揃えられた髭に日焼けした肌の厳つい顔。だが、ニッと笑うと愛嬌がある人物だった。 「ひとまず逃げるネ、連中の狙いはアナタたちヨ」  先ほどの酔った千鳥足の姿は演技だったようで、テキパキと動きて俺たちを店の奥へと誘う。 「どういうことです」 「イイから、ここカラ出ルネ」 「ちょ、ちょっと……」 「早くするネ」  壁にかけられた民族風のタペストリーを退けると、通用口が現れた。そこから事情もわからぬ俺と玲央奈を店の外へと押し出してしまう。  そこは建物の間にできたわずかな隙間だ。横幅は肩幅もない狭い空間で遠くに通りらしきものが見えた。  男はそちらへと向かうように指さすと、ニッと笑顔で親指を立ててみせる。これに応える間もなく扉はすぐに閉じられてしまった。 「なんなんだ、いったい……」  店の騒ぎは外まで聴こえるほどで、戻るわけにもいかなさそうだ。不安げに見上げる玲央奈に俺に苦笑いを浮かべて、肩をすくめてみせる。 「どうやら仕切り直しのようだ。ひとまず、ここから離れよう」  先導する形で俺を前に移動するが、すぐに背後から玲央奈の戸惑う声が聴こえてくる。  どうやら、彼女の豊満なバストでは、この狭い横幅が窮屈なようだ。胸の膨らみが壁に押し付けれて、移動するたびに先端を擦る形になってしまう。 「あぁン、もぅ」 「だ、大丈夫か?」 「んんッ、頑張り……くぅ……ます」  進むほどに玲央奈の美貌が赤みを増して、ハァハァと荒い息を吐いてくる。  それでも歩みを止めようともせずに、健気に俺の後ろをついてくるわけで、時折、ビクンビクンと身体を震わせる姿が悩ましく、なんとも色っぽく見えてしまう。  不謹慎ながらも、その姿には昂ぶってしまい股間が反応してしまって、自分でも呆れてしまう。 (まったく、囚われの涼子さんの映像を見たばかりだというのに……)  そう思う俺だったが、ふと別の可能性も考えてしまう。 (まさか、涼子さんの映像を見たから……じゃないよな……)  自分の欲望に素直になるべきだというタギシさんの姿をした紫堂の言葉が胸の奥へと刻まれている。それによって開かれた心の扉はいまだに全開には程遠い状態だけど、隙間から溢れ出てくる欲望には確実に俺を変えていた。  自分で思っている以上に、俺の欲望は深く、昏く歪んでいるように感じている。 (仮にそうなら、俺も彼のことを非難できないな……)  時折、感じた紫堂に対する親近感の理由はこれかもしれない。今も諭そうとする理性とは裏腹に嗜虐欲は昂ぶるばかりで、無意識に移動する足も早まっている。  そうして、俺と玲央奈はそれぞれに苦戦しながらも遠目にみえていた出口へと到着し、ようやく狭い空間から解放された。 「ここは……」  店に入る時に使用した裏道へと別の場所に出たようだ。小さな店が立ち並ぶのは先ほどと同じで、急に建物の隙間から飛び出てきた俺たちに、ほろ酔い気分のサラリーマンたちが驚いた顔をしている。  それを無視してお互いの姿を確認した俺は、苦笑いを浮かべてしまう。 「まったく、酷い目にあったな」 「ふえぇ、新しい服が真っ黒……」  清掃など望めない狭い通路を身体を擦って抜けてきたわけだ。二人の服が擦れて汚れまくっているのも当然だろう。  玲央奈などは胸元で雑巾がけしたかのように真っ黒で、何事かと見てくる男たちの邪な視線が集中してくる。 「まいったな……これじゃ着替えも必要だな」  最低限の荷物に絞った為に、服の着替えなど持ち合わせていない。最低でも玲央奈だけでも、なんとかしたいところだ。  ひとまず不愉快な視線を向ける男たちに睨みを利かせると、俺のモノだと言わんばかりに玲央奈を胸元へと抱き寄せてみせる。 「あぁン、マスター」  妙に嬉しそうな声をあげた玲央奈は、俺の股間の膨らみに気づいたらしい。途端に牝の顔を浮かべてみせる玲央奈に、俺の気持ちは昂ぶるばかりだ。  だが、そんな気持ちに水を差すように遠くから騒ぐ声が聴こえてくる。 「どけどけッ」 「野郎は、いたかッ!? 隈なく探せッ」  通りの奥から店を訪れた連中と同質の気配が近づいてくるのを感じる。  やはり連中の狙いは俺のようだ。店から逃げ出したのを勘付かれて、まわりこんできたのだろう。  俺はすぐさま玲央奈の腕を掴んで逃走を開始するものの、行く先々で同様の気配が感じ取れる。 「どんだけ人数がいるんだ」  幸いなのは、ここにきて基地でのトレーニングが活きていることだろう。以前の俺ならすぐに息が上がって動けずにいたが、まだまだ余力を残せている。  ただ、それでも追跡者たちを振り切るには、相手の人数が多すぎた。次々と投入されているのか人数は増えるばかりで、しらみ潰しに捜索されては下手に建物に入るのも危険だ。包囲されれば袋のネズミにされてしまうからだ。 (しかし、なんでヤクザが俺を追ってくるんだ?)  火災の参考人とされている俺は、騒ぎを聞きつけて警察官が駆けつけてくれるのを期待できない。ならば、この場は逃げるしか手段の残されていないわけだ。  迫るヤクザたちの気配を感じては角を曲がり、もう現在位置も把握できていない状態だ。人の多い飲み屋街から離れるほどに、周囲から一般人の姿が消えていく。  そうして、気がつけば店舗のない区画へと入っていた。 「これは、不味いかもな……」  どうやら連中は無作為に追いかけていた訳ではなかったようだ。まるで草むらに隠れるウサギを猟犬で追い立てるように、俺たちを巧みに追い込んでいたらしい。  気がつけば周囲はシャッターの下ろされた建物ばかりで、完全に隠れる場所がなくなっていた。  まるでコンクリートでできた迷路のような場所で、右に左に迫ってくるヤクザたちの気配がしてくる。 「こっちだッ」  玲央奈の手を引いて逃げ続ける俺だったが、ついにそれも不可能になる。  ドタドタと大勢が騒がしく駆けまわる足音に追いやられて、再び角を曲がれば、そこは袋小路になっていたからだ。 「くそッ、逝きどまりかッ!?」  慌てて戻ろうとしたところで、駆けつけた大勢のヤクザたちが壁をつくって退路を塞ぐ。  最初に見えただけでも十数人、さらに人数は増えており、どれもが長く暴力の世界に浸りきった顔をしている。 「マスターッ!?」 「まだだッ」  銃を抜こうとする気配をみせる玲央奈を制して俺は前にでる。銃があるとはいえ弾数には限りがあり、無作為には使えない。有効に使うにも見極めが肝心だった。  ヤクザの世界も上下関係が厳しい世界だ。どうせ狙うなら、そういう指示をだす人物から潰すべきだ。激しい訓練とともに教官から叩き込まれた合理的な考えだ。  それに、訓練を積んだことを知らない相手には、初手に油断を誘うのも有効だとも教えられていた。  事実、あきらかに連中は俺のことを舐めているのが、その表情からわかる。すでに連中の関心は俺から背後にいる玲央奈へと向けられていた。同行する女も捕らえて、どんな目に合わせて嬲ってやろうかと下衆な笑みを浮かべている。 (あぁ、そうだな。玲央奈を巻き込んだ分、しっかり守らないとな)  この場で一番偉そうな奴はすぐにわかった。一台の高級ワゴン車が乗りつけられて、護衛付きで降りてきたダブルのスーツ姿の男が現れたからだ。ヤクザたちが左右に割れて、深々と頭を下げて出迎えてくれるのだから、間違えようがない。  頬に深い切り傷をつけた白髪交じりの人物だ。鋭い眼光の持ち主であるその男に目星をつけると、俺はゆっくりと歩き出していた。  これからのことに恐怖は感じてはいなかった。紫堂との一騎打ちで銃を撃ち合って以来、死への恐怖が薄らいでいた。自らの命すらチップにして死のゲームに興じる男に感化されたのかもしれない。  それに加えて、今は玲央奈を護るという義務感が背を押してくれてもいた。  歩きながら自分を俯瞰する感覚に切り替えていくと、足を踏み出すたびに心が冷たく冴えていくのを実感する。 (ああ、随分と俺は変わってしまったな)  一ヶ月前までは平凡なサラリーマンだったはずなのに、その頃が遠い昔のように感じられる。  ツカツカと、ひとり静かに歩み寄ってくる俺に怪訝な顔をするヤクザたちだったが、命乞いでもすると思ったらしくニヤニヤと嫌な笑いを浮かべだす。  その中から一番若そうなチンピラが歩み出ると、肩を揺らして俺の前へと立ち塞がった。 「おぅおぅ、オッサン、降参かぁ? 随分と走らせてくれたじゃねぇかよ」  まだ二十歳前後だろう。仲間に良いところを見せようと勇んでいるようだ。自分を大きく見せようと肩を張り、無駄に大きな声を張り上げてくる。  以前の俺なら、それでも充分に怖気づかされていただろう。だけど、醒めた心には相手の虚勢が薄ら寒く感じられた。 「なぜ……俺を追い回すんです?」  こみ上げてくる冷笑を抑えて、そう尋ねると連中が一斉に笑い出す。なぜ笑われるのか理由がわからず、おもわず首を傾げてしまうと、さらに笑いが深まった。 「なんでぇ、理由もわからず逃げてたのかよぉ」 「想像以上に腰抜けじゃねぇか」  暴力が基本の連中からすれば、逃げ腰の弱虫にみえるのだろう。だが、一般的にヤクザ者に迫られれば、意味がわからなくとも逃げるのが普通のことだ。その辺りの感覚が、やはり一般人と連中はズレているようだ。  目の前のチンピラもその笑いに加わり、俺の質問に答える気はないようだった。だから、俺はそいつを避けて、一番偉そうなスーツの男へと向かうことにした。  男はやはり暴力の気配をまといながらも、周囲の連中とはあきらかに違った風格を持っていた。この中では、一番事情にも詳しいのも容易に予想がつく。  だが、無視されて脇を通り抜けられそうになったチンピラは、素直に俺を通してはくれないようだ。怒鳴りつけて肩を掴もうとしてくる。 「なに、すかして脇を通ろうとしてんだ、ゴラッ」  伸ばされる腕を掴むと脚を払い、態勢を崩したところで一本背負いの要領で投げ飛ばしてみせる。  格闘担当の教官だった軍曹に嫌と言うほど投げられて叩き込まれた技のひとつだ。軍人相手ならいざ知らず、ただの油断したチンピラならば投げることは容易いことだった。  フワリと身体が宙を舞い、それをヤクザたちへと放る。そして、その影に隠れるようにして一気に距離をつめてみせる。  完全に油断していた連中は、迫るチンピラの身体を避けることができなかった。対処もできずに巻き込まれて倒れ込んでいく。その隙に俺は目的の人物の前まで容易に移動できてしまっていた。 (予想以上にアッサリとできたな)  軍曹にはボロクソに言われながら厳しい訓練を積んできた成果はあったようだ。ホルスターから銃を抜き取り、ピタリと銃口を向ける動きも実に滑らかだった。  あまりにも上手くいき過ぎて、口元には笑みが浮かんでしまうのが止められずにいるほどだった。  ヤクザ連中からしたら、ただのサラリーマンだと思った男がみせた動きが信じられないようで、ポカンと口を開けている始末だ。  流石に、銃口を突きつけられたスーツの男だけは険しい顔をしている。 「随分と聞いてた話とは違うじゃねぇかよ」  鋭い眼光で威圧してきたものの、まったく動じぬ俺にそれ以上の恫喝してこなかった。 「親父ぃ」 「親っさん」 「組長ッ」 「いいから、お前らは手を出すなッ」  醒めた目で見つめる俺に相手もなにかを感じとったようだ。事態を把握して騒ぎ出す周囲の部下を一喝でだまらせる胆力をみせた。  その迫力は流石なもので、その道ではそれなりの威圧力なのかもしれない。だが、支配人、そして、プラチナナンバーの元軍人であるスーから受けた殺気に比べればそよ風にも感じないレベルに感じられた。  そして、俺の方も銃を握る手は以前のようには震えてはおらず、銃口もブレずに向けられている。 「それで、兄さんよぉ。これから、どうするつもりでぇ?」  銃口を向けられても動じない肝の据わり方は大したものだと言えるだろう。その問いにどう応えるべきか考えているうちに、それを沈黙と捉えたようだ。次の言葉が勝手に繋がれていく。 「仮にウチの連中を皆殺しにしたところで、いまや全国中のヤクザが兄さんを捉えようと躍起になっているんだぜぇ?」  彼が話し出す情報によって、ようやく俺も事態を把握しはじめた。  あの夜の秘密倶楽部の施設には、政財界の要人だけでなく、警察関係者やヤクザの大物たちもいたらしい。  焼き出される中で、その中の日本を二分にする大親分が病院に担ぎ込まれてしまったようだ。幸いなことに大事には至らなかったが、仮にも病院送りさせられたわけで下の者がケジメと取らせようと騒ぎ出したわけだ。  とはいえ、その矛先を秘密倶楽部へと向ける訳にもいかず、代わりにターゲットにされたのが出火に関わっているとされる俺という訳だ。  お陰で首都には全国からヤクザたちが集まり、血眼になって俺を探していたようだが、米軍基地に匿われていた俺は図らずとも難を逃れていた。だが、その代償として俺もこの状況を把握できてきなかったというわけだ。 (なるほどね……出火の元凶はナナさんな気もするけど、結果的に俺は救われたわけだし、無関係とはいえないなぁ)  複雑な気分を味わった俺の次の難問は目の前の組長が言うように、この状況からどう逃れるかだった。  武器こそ取り出していないが、殺気立ったヤクザたちに囲まれている状況だ。 (さーて、どうしたものかな……)  ひとまず玲央奈を招き寄せると、組長を人質にして移動することにする。悔しげにするヤクザたちがモーゼの十戒の如く割れて、高級ワゴン車への道を作ってくれた。  そこを悠々と進むものの、ワゴン車を前にして足を止めてしまう。  このままワゴン車に乗り込んで、この場を後にすることはできるだろう。ただし、足の遅いワゴン車ではすぐに追いつかれてしまい、同じようなことを繰り返すのは目に見えていた。  車を前にして考えあぐねていると新たな騒動が起こった。  取り巻いているヤクザたちを切り裂くようにして二台のバイクが疾走してきたのだ。 ――キキッ  目の前に急停止したレーサーレプリカのバイクには、それぞれライダースーツ姿の人物が乗っていた。  目の前にいる人物の牛革製のスーツの上からわかる筋肉の盛り上がりには、凄く既視感を覚えた。それが間違いでないのは、ヘルメットのバイザーを上げられたことで証明された。 「さぁ、楽しいタンデムの時間よ。彼の元に案内してあげるわよ」  おねぇ言葉で語り掛けてきたのは、あの店にいたピンクエプロンの店主だった。もう一台のライダーの方は、逃がしてくれたトレッドヘアの彼だった。  判断を仰ぐ玲央奈に頷くと、俺は差し出されたヘルメットを受け取ってバイクを跨く。  すぐさま急発進したバイクは、その場を走り抜けるとグングンと加速していった。  そうして大通りに飛び出した二台のバイクは、車の列を抜き去って、俺と玲央奈を乗せたまま夜道を疾走していくのだった。



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