近況報告

みぎなーです。久しい更新となってしまったことをお詫びいたします。


まず近況報告ですが、超個人的な話の上にナーバスな内容が含まれるため読みたくない方は同時にあがっている進捗報告の記事を見てください。ただ、忘れたくもない感情なので書いていきます。


国語力がないので読みづらい文章になっていると思います。先に謝っておきます。


簡単に説明しますと6月に中旬に父が死にかけてました。心配をかけたくないので先に言いますが、ひと月の入院を経て先日退院しました。死んでいたら今回のコミケは見送ることになっていたと思うので一安心です。


両親、私はともに関東在住なのですが、倒れたのは趣味のバードウォッチング目的の青森県での旅行中でした。母も一緒でした。大動脈解離(大動脈の血管に裂け目ができる病気)だったそうです。夕方に発症→救急車で一つ目の病院に運ばれ診断→手術可能な秋田の病院に移動→手術の説明を受ける→深夜に手術開始→母から弟に連絡が行くという流れだったらしいです。深夜に弟からのLINE電話で「父さんがヤバくて…」と聞いたときは「いつかは来る親の死がついに来てしまったんだな」と冷静に考えてしまいました。すぐに手術中と聞いて少し安心しましたが病名を知ってこれまた少し不安になりましたね。


姉、弟、私の三人で相談して早朝の新幹線で秋田の病院に全員で向かうことにしました。全く寝れなかったです。手術成功の連絡があったのは新幹線内でした。とりあえずホッとして病院に向かいました。


11時過ぎに病院に到着し母と合流。ちょうど面会ができるということで手術直後の父に会いに行きました。病室への道中、赤ちゃんを抱えたお母さんとすれ違い、「誰かの命日は、誰かの誕生日で、誰かの記念日で、この世界は回っているんだな」と他人事のようにも思っていました。


父への感情は正直かなり複雑で、毎日酒を飲んでは理不尽な説教をされたりしたので中学生~大学生あたりはかなり嫌い寄りでした。家を出たのも親と距離を置きたいと理由だったので。(私自身もかなり親不孝者でしたが…)


父が趣味に没頭するようになってからは割と穏やかでたまに食事したり鳥の写真が送られてきたり平和でした。私が精索静脈瘤の手術をするときにも支援してくれたり、世話にもなりました…。


面会の話に戻します。手術後の父を見た第一印象。

たくさんの管につながれ麻酔で眠らされている父は本当に弱弱しく見えました。病院のあの雰囲気もあると思います。かけようと思っていた言葉が一切出てこず、ただ手を握り絞り出せたのが「頑張ったね」でした。握った手が温かいことにこれ程ないくらい安心した記憶があります。


面会後は秋田に母を残し、姉弟と青森の旅館に両親の荷物(100万するカメラを含む)を取りに行くことになりました。五能線、リゾートしらかみに乗って…。この頃には貴重な東北を楽しむ余裕が生まれました。


サーモンはらみ弁当。しょっぱさと脂っこさが身体に沁みました。

車窓から広がる日本海。リゾートしらかみは撮影スポットでアナウンス、さらに減速してくれます。神。

リゾートしらかみは撮り忘れました。何やってんだ…。

そんなこんなで荷物を受け取って秋田に戻りホテルで一泊、あっという間でした。


次の日、目を覚ました父に少しだけ会って、親孝行をすることを約束して、ささっと帰ってきました。自分のやれること、原稿をやろうと思って帰ってきたのですが、しばらくは気持ちがふわふわして全然集中できませんでした。身内の死が迫った直後に、いちゃらぶ兄妹えっちっち漫画を描けるほど心臓に毛は生えていませんでした…。


そんなこんなで父が退院し今に至ります。

以上近況報告(言い訳とも言うかもしれません)でした。駄文失礼しました。


だいぶ調子は戻ってきています。今回は助かりましたが、誰にだって”その時”は来ます。後悔のないよう生きていきたいと思う一件でした。




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