真の格闘家 2



あれから2年。闘技場の覇者となってソロンを後にしてから時が経った。


数々の戦いを経て更に拳に磨きをかけた頃、遠くまで闘技場の噂が聞こえてきたのだ。


『閃撃の闘士のあと、様々な強者がソロンに集い始めた』

『あの頃より闘士のレベルは高く、これから更に上がっていく』

『今年は見たこともないような猛者が集う』


ひたすら歩いて1ヶ月。再び辿り着いたこの地にはかつてと同じかそれ以上の熱狂が渦巻いているようだった。


街が近づいてきたが、男の視線は道の脇にポツンと立つ宿に向けられた。

ためらうように扉に歩み寄り、そっと開け放す。


中は荒れていた。机や椅子は残っていたが、残りは野盗が持っていってしまったのか時計に至るまで無くなっていた。


男は悲しみとも安堵とも取れぬ息を吐いた。


振り返り、遠くに見える闘技場を捉え、デニスは歩き出した。



闘技場受付で手続きを済ませる。午後から始まる予選に参加することとなり、広大なロビーで待つ。


人が本当に多い。観客が大半を占めるが、中には闘士らしき者達も見える。ロビー内には屋台や靴磨き、果ては受付の目の前でチケットを売り捌く不埒者までおり、まさに年に一度の祭典といった雰囲気だ。


ふと、遠くに女の姿が見えた。夥しい人間の中からその女だけが気になった理由は、何故か見覚えがある気がしたからだ。


袖の無い服に短パンとブーツ、ブラウンの髪を後ろにまとめ、受付で手続きを済ませている。よく見れば選手用の受付だ。試合に出るらしい。


程なく手続きが終わり、受付嬢に丁寧に会釈してから奥の広間へ消えていく。


やがて雑踏に紛れ、見えなくなった。


「………」


デニスはかぶりを振った。『そんなことはありえない』からだった。

それ以上何か考えることはなく、やがて立ち上がると選手用の試合場前の吹き抜けへ歩きだした。



帰ってきた王者を讃えるコールが闘技場中に響き渡り、姿を現したデニスに観客が歓声を浴びせかけた。


相変わらずのやかましさにしかめっ面になりながら歩みを進めると、初戦の相手が向こうからやってくる。


「あんたがデニスかぁ?思ったより冴えないツラしてんなぁ!」

「(チンピラだ。最近はこんなやつも出てるのか)」


腕をだらんと下げたまま歩み寄るデニス。早くも間合いに入りそうな彼を見て慌てて試合が開始された。


「よぉ!お前さーーーぁがァッッッ!!!!?」


右拳がチンピラの左顎を正確に捉え、彼はそれきり喋らなくなった。




宿へ向かう帰り道。


2年間の修行の成果を確かに感じつつも、初戦の相手が一撃で終わったことに失望しながらデニスは歩いていた。


すれ違う男女が話している内容が耳に入ってきた。


「どうだ?デニスは強かっただろ?」

「うん!ほんと…一撃で勝負が決まるなんて、びっくりしちゃった」

「そうだろ!?やっぱりあいつは最強だよ。俺は2年前にあいつが初めて闘技場に来た時から…」


「(ふっ……。熱心なやつもいるもんだな。)」

デニスはそのまま通り過ぎた。




会話は続いていた。


「でもさ、さっき戦ってたあの女の人も強かったよね?名前なんだっけ?」

「ああ、あの茶髪の女か。確かに、でもなぁ…」

「何か不満なの?」

「いや、不満ってんじゃないんだ。でも、あの勝ち方はなんていうか…あまり正々堂々としてないっていうか」

「勝てばいいんでしょ?いんじゃない?あれで。何で男の人は狙わないんだろうね」

「良くないよ!それに狙うわけないだろ」

「えー、何で?よく分からないよ」

「とにかく、あんな勝ち方は認められないね」

「ふーん。………ねえ」

「何だい?」

「あの女の人とデニスって男が戦ったら、どうなるかな?」

「!?ばっ……デニスが勝つに決まってるだろ!?バカ言うんじゃないよ!」

「何よそんな、ムキになってさ。ちょっと聞いてみただけじゃん」

「それに女と男が同じだけ鍛えたら男の方が強いに決まってるだろ?」

「……そんなのわかんないと思うけど」

「とにかく!戦ったらデニスが勝つよ」

「……あ、名前思い出した」

「へー、なんて名前だった?」




「シアラ、だったね」



予選が終わり、トーナメントが始まった。

予選でほとんどの闘士が脱落し、残ったのは8人。

相手の顔は知らない。対策も練ってはいない。


そんなものは必要ない。正面から行ってねじ伏せるだけだ。


「(そう……いつも通りだ。いつだって……俺が最強だ)」


いつのまにか自分の中に誇りと共に生まれた強い自負。自分こそが最強の闘士であるという思いがデニスの拳にさらなる力を与えていた。


「よお、デニス」

「お前は…クラウスか!」


控え室の入り口に現れた男を認め、デニスはクラウスに歩み寄った。


「久しぶりだ。元気だったか?」

「まあな。お前に負けてからかなり鍛え直してきたよ。今年は覚悟しろ、この野郎…はっはっは」

「お前はどの山だ?」

「お前と反対側さ。会うのは決勝だな」

「そうか…」

「こっちの山には前年度チャンプがいるぜ。準決勝でそのチャンプとやらを倒せば、次はお前だ」

「準決勝か。この後の準々決勝はもう勝った気でいるのか?」

「おうよ。相手は女だからな」


デニスの反応が鈍くなった。


「…そうなのか」

「ああ。今年からいきなり出てきて予選で快進撃だったらしい。まあ俺が遅れをとることなどないがな」

「そう…か。そうだな」

「それより貴様、負けたら承知しねえぞ。必ず決勝まで上がってこいよ。リベンジしてやるからな」

「ふっ。今のうちに吠えておけ」


クラウスは鼻で笑うとデニスの肩を小突き、通路を歩いて行った。

クラウスの小気味良い態度を見て思う。


「(やはりあいつは大したやつだ)」


彼は必ず決勝に来るだろう。俺も次の戦いに負けぬようしなければ。


デニスの名を呼ぶコールが聞こえる。

彼は力強い足取りで試合場の入り口に向かった。




拳打の嵐すら、彼を止めることはできない。


相手は腕の長い長身の男だ。かなりのリーチからなかなか重い一撃をダースで見舞ってくる。しかし…、


「軽いな。避けるまでもない」

「くっ、お前、何でできてやがんだ…!」


焦って前に来た相手の懐に潜り込む。見事な反応で肘打ちを振り下ろしてくるが、もう遅い。


ドゴッッ………!!!!


全体重を乗せた右拳が相手の腹部に命中し、渾身の1発に耐えられず彼は吹き飛んでから意識を失った。


右手を高々と突き上げる。


観客が、滅多に感情を見せないデニスの勝ち名乗りに興奮して大歓声を浴びせた。


高らかに名前を叫ばれながら、王者への尊敬のこもった声援を聞きつつデニスは試合場を後にした。彼の心境に変化が現れ始めていた。


こういうのも、悪くない。




クラウスの試合は5分ほど前に始まっていたようだ。

「(自分にあれだけ大口を叩いたのだ。クラウスが負けることなどそれこそ許されない)」


フッと笑いながら好敵手を迎えようと試合場に向かうデニス。彼は選手用の入場通路からクラウスの試合を観戦しようとした。


通路の中ほどまで来て、試合がどうやら終わっていることに気づく。


大歓声の中、立っていた勝者は…、




「勝者!!シアラーーーーー!!!!!」




「………え?」




うつ伏せに倒れ込んで痙攣するクラウスのそばに立ち、にこやかに観客の声援に応えるのは、間違い無くシアラだった。



シアラは控え室に戻る道を歩いていた。後ろにまとめた髪を撫で、『ほんの少しだけ』乱れているのを直す。


クラウスと戦った後にも関わらず、軽く汗をかいているのみでろくなダメージもない。リラックスした表情で控え室の扉を開けようとした。


「おい」

「?」


ノブに手をかけながら声の方に振り向く。


しばし、視線を交わす。

やがて、彼女は優しく笑った。


「………お久しぶりです。デニス様」

「……………ああ」




シアラの控え室に招かれ、勧められるままデニスは椅子に座る。


椅子に座ったシアラの体は2年前とは比べ物にならないほどの質量をたたえていた。


袖のない服から除く腕はしなやかに鍛えられており、ショートパンツから伸びる両脚は単純な筋肉量ならデニスだろうが、女性らしい優しげな丸みを帯びて太さ自体はデニスより太いほどだ。

それに全体的に軽装で、胸周りは緩くへそも見えている。以前の彼女からは考えられない服装だった。


デニスは彼女の体の変化に驚き、同時に落ち着かなくなった。


宿屋を経営していた時には気づかなかったが、シアラは胸が大きい。それこそ格闘に不向きとさえ思えるくらいだ。ふと身じろぎするたび表面が小さく弾み、嫌でも目に付いてしまう。


おまけに形の良い臀部は発達しており、かつて見た時よりさらに大きくなっていた。


鍛えられ、逞しくなった二の腕。

うっすらと見える腹筋。

大きく発達した柔らかそうな質感の太もも。


デニスは思考を断ち切って尋ねた。


「…いつもそんな格好で戦ってるのか?」

「ええ。動きやすくて良いですよ。それにお洗濯も簡単なんです♪」

「………」


シアラは質問の意図がわからないようで不思議そうにこちらを見てきた。


「まあ…元気そうで何よりだ」

「……相変わらずお強いのですね」

「俺に気づいていたのか?」

「お客さん達がはしゃいでいらしたので……」

「俺の試合を見ていたのか?」

「それはごめんなさい。できれば見たかったのだけど…」

「宿はどうした?」

「宿は畳みました。私の望みは宿屋の経営ではありませんでしたので」

「望みとはなんだ」


シアラは目を伏せた。そして答えた。




「闘士になって、……あなたに勝つことです」


途端に胸騒ぎが甦ってきた。デニスは2年前もシアラといる時に同じ感覚を味わい、今それは当時より強くなっている。


この感覚は何だ?


近いものがある。

最悪の予想が現実になる時だ。


「……俺に、勝つ?それが望みだったのか?」

「はい」


シアラは目線を上げた。決して臆することなく、デニスの目を真っ直ぐ見つめる。


デニスは激しい苛立ちを感じた。

大切な場所にずけずけと踏み入られたような不快感。


「何を……言ってる?」


2人の間に静寂が落ちた。

やがて、シアラは静かに語り始めた。


「…初めは、基礎の練習を繰り返し続けることからでした。

教えて頂いた突きや蹴りの練習は、今日に至るまで欠かしたことはありません。

そのうち、練習しながら書物も見るようになりました。どう打つのか、どう重心を扱うのか…。ひたすら考えながらまた、練習を続けていました。

一月経った頃、自分の力が格闘家の方に通用するのかを試したくなって、ソロンの外れにある有名な流派の方に申し入れて、練習試合をさせて頂きました」


「男か?」


デニスは短く言った。


「はい」

「勝ったのか?」

「……はい」

「………」


シアラは続けた。


「相手の方もこちらを侮っていらっしゃっような節もあったということなので、何回か繰り返し組み手を。怪我をするといけないので、幾度か寸止めで。最終的には負けをお認めになられ、『闘技場で闘える腕だ』とのお言葉を頂けました」

「………」

「それは私にとって大きな自信に繋がりました。同時にデニス様の教えは正しかったのだと、嬉しい気持ちにもなりました」


そう言ってデニスに笑いかけるシアラ。デニスはそれに応えず、黙って話を聞き続ける。


「……それ以降、練習試合の数を増やしていきました。

一度試合をしてみて、実戦の重要さを学んだためです。様々な格闘家の方々に胸をお借りし、新しい技術をたくさん試し、また盗ませて頂きました。

効果の薄い技を使うのをやめ、有効な部位への有効な攻撃方法を突き詰める日々です」


シアラは再びデニスの目を見た。


「あの日、デニス様が宿を出られた日から、私がどれほど成長したかを見て欲しいのです。きっとデニス様は準決勝も勝たれることでしょう。もし私が次の試合に、前年度王者のバレルに幸運にも勝利を収められたのなら、決勝で……」


一度言葉を切り、息を吸い、言う。


「デニス様。私と戦ってください。全力で」


デニスは殺気立った目をシアラに向ける。シアラはその視線に怖じけるかのように上目遣いになった。


「………俺はお前の試合を見ていない。あのクラウスにまともな勝利を収めたのかも、甚だ疑問だ。俺はお前を認めていない」

「デニス様……」

「お前がそのバレルとか言うやつに勝てるとも思わん。せいぜい足掻いてみるんだな」

「…分かりました。私にできる最善を尽くします」


デニスは乱暴に立つと、扉を吹き飛ばすように開けて出ていく。


シアラはその後ろ姿を、悲しげに見送った。




試合開始の合図とともに、これまで経験したことのないような殺気が対戦相手ーーーセインを襲った。


正拳をかろうじてかわし…切れない。間に合った防御。しかし腕ごと持っていかれる。


「ぐっ…!!!」


こちらもどうにか体勢を立て直そうとするが、続く攻撃が早すぎる。上段回し蹴りが死の鎌の如く振るわれ、防御したはずの肩に爆発の如き衝撃が襲いかかる。


ぐき、という嫌な音とともに右腕が使い物にならなくなり、絶望とともに顔を上げるセイン。


「こ、こんな…ッ」


闘技場準決勝まで上がってきたセインの力は紛れもない本物だった。しかし、相手が悪すぎた。


「ふんッ……!!!」


鬼神と化したデニスの踏み込み掌底がセインの腹筋を貫く。セインが最後に見たものは、憤怒の形相で仁王立ちする最強の男だった。


拳を高々と上げるデニスに闘技場が沸く。


なんのダメージもなく引き上げるデニスに観客達は畏怖すら抱いた。




デニスとすれ違う褐色黒髪の男がいた。


「お前がデニスか」

「お前は…バレルか」

「おや、俺を知ってんのかい」

「まあな」

「生憎だがお前の優勝は無いぞ。今年もこのバレルが最強の称号を手に入れる。デニス……せいぜい今のうちに休んでるんだな」

「ほざけ。貴様など返り討ちにしてやる」


バレルは不敵に笑いながら試合場に歩いていく。


………強い。


デニスは、バレルを見てその強さを感じた。鍛え上げられた体は無駄がなく鎧のようで、重心が全く乱れない。自信に満ち溢れており、かと言って自惚れてはいない。


「(簡単には勝てそうにないな)」


ふと、バレルが自分と戦うには準決勝を勝つ必要があることを思い出す。


「(馬鹿馬鹿しい)」


勝つに決まっている。

考えるまでもない。あれ程の手練れがシアラのようにまぐれでここまで上がってきたような、しかも女に負けるわけはなかった。

俺が認めた強敵が…


瞬間、シアラの足元に倒れ伏すクラウスがよぎる。


ガッ!!!!


通路の壁が砕け散る。

デニスは壁に突き立てた拳を震わせながら、自分の中で大きくなり続ける胸騒ぎに激しく苛立っていた。





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