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skeb依頼品 あらすじ:失った精霊の力を取り戻すため研究を続ける時崎狂三は、精霊術式の実験を行うが、それにより自分の反転体、白の女王を呼び出してしまう。白の女王は狂三が霊力を取り戻すことに協力すると言うが、それは狂三の想定外の方法だった。 天宮市。 住宅地と郊外のちょうど境目くらいに位置する閑静なエリアに、時崎狂三の邸宅は存在した。 精霊の力を巡る戦いが終わるそれ以前から狂三が拠点としていた、洋館風の古めかしい一軒家である。 あれから一年以上が経つが、狂三が他の精霊のように五河邸の隣に建つマンションに住まなかったのには、過度な馴れ合いを好まない狂三の気性だとか幾つか理由があったが、最も大きな理由は、とある研究を行うのにあのマンションではやりづらかった、という事が挙げられる。 狂三のその身から精霊の力が失われようとも、未だ消えない贖罪と大望。 崇宮澪の消滅と共に世界中の大気に溶けたマナを再び結集し、狂三の願望を叶えられるだけの霊力を再び生み出す。そのための研究を、狂三はこの一年調べ続けていた。 本来、精霊を生み出すその領域に到達出来たのはアイザック・ウェストコットただ一人であり、最早精霊術式は失われた術法だと考えられている。 だが、一時とはいえ囁告篇帙<ラジエル>によって森羅万象の情報を閲覧することが出来た狂三だけは、魔術の秘奥とも言えるその術式に至る可能性が残されていた。 故に、諦めることなどあり得ない。 心の炉に火を焚べるように、狂三は一人研究に没頭するのだった。 そして、研究を続けて日々が暫く続き――。 「……さて」 ふぅ、と緊張を溶かすように細く息を吐いてから、狂三は閉じていた目を開ける。 開いた視界には見慣れた自室と、部屋の中央に描いた丸い円や様々な文様が映り込む。これこそが狂三が調べた術式の、その要となる魔法陣だった。 この術式をもって、精霊の力を再び生み出す。 しかし、本来の精霊術式は大規模な装置と霊脈を必要するものだ。 この場所と用意出来た術式では、とても必要量に達するマナは集められないだろう。なので、これはあくまでテスト段階である。 先ずは簡易的な術式で理論を試し、必要な装置などを集めるのはその後だ。 だからこそテストとはいえ、ここで躓いていては話は進まない。 「―――――――――」 狂三は魔法陣に手を翳し、術式を作動させるための呪文を唱え始めた。 知識に間違いがなければ、これで少量のマナを凝縮し、結晶化出来るはずだ。 精霊を生み出すセフィラを作り出せる程とはいかないが、この実験が成功すれば大きな希望が見えてくる。 自身の願いを込めながら、狂三は集中力を研ぎ澄ませ、術式を作動させた。 「――ッ!?」 その瞬間、狂三は違和感に眉を顰めた。 空気が震え、室内に風が吹く。その風が円を描くように集まり、魔法陣の中央で渦を巻いた。 大気中のマナが集まってきている。 しかし、その量が想定を大きく超えているのだ。 渦巻くマナの本流は一箇所に収束していき、予想以上の大きさに結晶化していく。 それはセフィラそのものと言える程の結晶になり、強い輝きを放ち始めた。そしてそれだけに収まらず、結晶を中心として更にその光が膨らみ、部屋中を煌々と照らす。 (これは……どうなって……) 計算外の自体に動揺する狂三だが、今ここで儀式を止めては、集まった霊力がどのような事態を引き起こすかは分からない。 マナの収束が自然に落ち着くのを待つしか無い狂三の前で、生み出されたセフィラの放つ光が、人の形を成していく。 実際に目にするのは初めてだが、精霊の生み出される過程はこのような物なのだろう。だが、崇宮澪が生み出された時、あるいは精霊が隣界から現れる時のような空間震が起こる前兆は無い。 単純に空間震が起こるほどの霊力は集まっていないからなのか……しかしそれならば、何故精霊が生み出されようとしているのか。 困惑する狂三の眼の前で、眩い光の本流が収まった頃には、一体の精霊がその場に立っていた。 真っ白な軍服に身を包み、同じように真っ白な髪を左右不揃いの長さに結んでいる。そして左右で色の違う目は、左目だけが青い文字盤の時計そのものになっていた。 「――あなた、は……」 呆然と、魔法陣の上に現れた時計の瞳を持つ精霊に向かって呟く。 精霊は狂三の姿を確かめると、フッと笑って蔑むような視線を向けた。 「……名、か。そんなものは無い。……だが、あちらでは白の女王(クイーン)などと呼ばれていたよ。――時崎狂三」 そう名乗った少女に対し、狂三はそれが初めて見る精霊だというのに、強烈な既視感に襲われていた。 いや、既視感などという生易しいものではない。 狂三はこの精霊を、この顔を、知っている。 彼女のその顔は、最悪の精霊と呼ばれた過去に存在した精霊――時崎狂三の顔と、余りにも似ていたのだ。 「何者ですの、あなたは……」 精霊だった頃の自分と瓜二つの顔を持つ少女へ向け、警戒の色を示す狂三。 白の女王と名乗った精霊は、そんな狂三をおかしそうに見つめた。 「私が何者か? そんなことは、すでに見当がついているんじゃないかい?」 白い精霊の返答に、脳内を巡っていた推論が確信へと至る。 精霊の力を持っていた時の狂三と顔こそ同じ造形だが、黒い霊装や髪色を白く反転させたような似て非なる姿。 そう――反転。その言葉が精霊という存在と交わり示す意味は、ある存在を脳裏に浮かび上がらせた。 「わたくしの……反転体……ですの?」 反転体。狂三たち精霊は、大きな喪失感を覚えるなどの要因によって自身のセフィラが絶望に染まった時、存在が変異してしまう。 元の精霊の意識は無くなり、絶望の感情に突き動かされるまま暴虐を尽くすその存在は、しかし実際は崇宮澪によってセフィラが精製される前の、本来の精霊の姿だった。 「ご明察。この身は時崎狂三の鏡像。君たちが言うところの反転体というわけだ」 大仰に手を広げながら、白の女王は自らの正体を明かす。 が、それでも狂三は訝しむ姿勢を崩すことはなかった。 「あなたがわたくしの反転体だということは分かりましたわ。しかし解せませんわね。なぜわたくしの反転体がこの場に現れたのか、がです」 「何もおかしなことは無い。君が霊力を求めて術式を行ったのだろう? それに応じて霊力の塊である精霊が現れた、というだけだよ」 「精霊を作り出せる程の霊力を集めたつもりはありませんが……」 「そうだ。この身体は精霊の姿を取ってはいるが、殆どハリボテのようなモノさ。形だけ整えて、中身までは伴っていない」 作ったような微笑を浮かべながら、淡々と答える白の女王。だが、その言葉を聞いて狂三は彼女の存在をある程度理解する。 想定外ではあるが、狂三の術式は成功したということだろう。集まった霊力は本来精霊を生み出せる程の量ではないが、狂三自身が精霊の力を有していたことが関係するのか、もしくは別の理由があるのかは分からないが、その霊力で疑似精霊が生まれてしまった。――彼女の言葉が正しければ、そういうことになる。 「私が思うに、君と私は表と裏。その存在間には始めから経路(パス)が繋がっている。それが都合良かったのではないかな」 「……どういう意味ですの?」 「時崎狂三の目的は、精霊の霊力を取り込むこと。つまりこれが霊力を取り込むのに適した姿だと言うことさ」 「あなたから霊力を取り込めと? 随分殊勝な態度ですわね。反転体というのは、もっと身勝手な存在だと思っておりましたわ」 疑り深い狂三の言葉に、白の女王は肩を竦めてフッと鼻から息を吐いた。 「言っただろう? 私はキミの求めに応じて召喚された、と」 そして、徐ろに狂三の方へ近づいてくる。 狂三は警戒し後ろへ下がろうとしたが、それより早く胸の前で構えた腕を掴まれる。 「つまり、キミの願いを叶えるために、私はここに現れたんだよ」 「なに、を……っむぅ!?」 ぐいと身体が引かれ、女王の顔が視界を埋める程に近づく。 そしてそのまま額がぶつかってしまうのでは無いかと思うほど接近するが――実際に接触したのは、別の部位だった。 「ふ、むっ、うぅ……!」 唇に触れる柔らかいもの。その感触が目の前の女の唇であるということを理解するのには、数秒の時間を要した。 突然の接吻に目を見開く狂三を他所に、白の女王は唇を重ねたまま、逃げられないように背中に手を回してくる。 「ん……ちゅっ……じゅるっ」 「ふむっ!? ンッ、ンン……っ」 触れ合った唇の隙間から、ぬるついた舌が入り込んでくる。 歯茎をなぞり、歯列を割り行って口内へ侵入した舌は、ねっとりとした動きで狂三の舌を絡め取った。 「や、め……っ、ふぐっ、むぅぅぅ……」 唾液が絡み合う深い接吻。異性とのキスの経験もある狂三だが、こんな風に口内を貪られるようなキスは初めての経験だった。 その経験の無さからか、未知の感覚に身体がふわふわと浮つき、少女じみた反応を返してしまう。 身体が熱を帯び、このままではマズいと本能的な危機感を覚え、狂三はグッと手を突き出して白の女王を身体から引き剥がした。 「……っな、なにを、しますの……!」 「ふふ……中々可愛らしい反応をするね、君は」 口元を伝う唾液の糸を拭いながら、狂三は女王を睨む。女王は怪しい色香を漂わせながら、ぺろりと舌で唇を舐めた。 「いきなり淑女の唇を奪うなんて、随分不躾ですのね、わたくしの反転した姿は……!」 「そう怒らないでくれるかな。突然で驚いたかもしれないが、しっかりと効果は出ているはずだよ」 「え……?」 言われて自身の身体へ意識を向けると、その言葉を肯定するように、確かな変化が感じられた。 身体が熱い……。それは接吻によって熱を移されたから、というだけではない。 懐かしい力が満ちていく感覚。唇を介して映された霊力が、身体に漲っているのだ。 「これは……」 「感じるだろう? 精霊の力を取り戻しつつあることを。手っ取り早い霊力供給の手段として、粘膜接触を行わせてもらったよ」 「そのよう……ですわね」 未だ感触の残る唇に触れ、狂三は不服ながらも頷く。本当にこの精霊は、自分に霊力を捧げようとしているらしい。 そのために行うのがキスとは、なんだか覚えもある方法だが、霊力だの魔力だのの供給方法としてはよくあることではあるのかもしれない。 「とはいえ、まだ足りない。……だろう?」 「うっ……」 確かに目的通り霊力を得ることは出来た。が、彼女が言う通り、この程度では元の精霊だった頃の力には遠く及ばない。それどころかこの程度の霊力では、放っておけば直ぐに霧散してしまうだろう。 せめて、自分の体に再び精霊の力が定着するくらいには霊力は取り込まねばならない。 そのためには……。 「さて、どうする? 君が望むならば、まだ続けようか?」 「…………」 自分と同じ顔をした精霊の挑発的な誘いを、それでも狂三は断ることは出来なかった。
