その後の三つの願い10「ジム再訪」
「あれ。これって」
広告チラシで、気になるのが入ってた。
普段、こういうのは即ゴミ箱行きなんだけど。
『サービスウイーク! 無料体験、実施中!』
『※過去に無料体験した方もOK。この機会に是非』
数ヶ月前にお試しで行った、スポーツジムの宣伝だった。
「あの時は、確か・・・」
自分自身の成長記録を眺めていて、ふと気付いた事がある。
大学ノートに、時系列で並べて比較。
数ヶ月前の数値が、これ。
二回目の筋肉成長した頃、だっけ。
こうやって見ると、我ながら物凄いサイズ。
当時ですら、既に人類最強を名乗って良いレベル。
それが今や、【リサイズ】して抑えた状態でやっと同じ・・・。
お出掛けして、服を選んで。
ゲーセンで少し遊んで、街で大道芸紛いの事をやって。
そしてその後、スポーツジムに行った。
その際の吸ったもんだは、置いておくとして。
その時に着てた服は取ってあるので、それで外出は可能。
最悪、今の姿で通学することも想定して、周囲の反応は見ておきたい。
それと、もう一つ。
“今の私”の状態で、密かに期待している事がある。
夏休み明けの新学期に影響あるので、出来れば確かめておきたい。
――夏休みも、後半戦に入った頃。
やっと、ジムの予約が取れて。
ざわ・・・
ざわ・・・
「は、はは・・・」
更衣室から着替えて出るなり、周囲がざわつき始める。
我ながら、学生にしては幼さの残る童顔。
その童顔に似つかわしくない、『188cm』の長身。
『137cm(Jカップ)』な爆乳バストは、片方だけでバレーボール程の大きさで。
ブラを着けていて尚、柔肉の重さで歩く度にユサユサッと揺れる。
Tシャツの胸元には、ジムのロゴがプリントされているんだけど。
そのロゴがグニャーンと横に大きく引き伸ばされ、平べったくなっていた。
毎度ながらだけど特大サイズのTシャツなのに、胸周りに生地を持って行かれて。
カーテン状になった裾から、女性らしいフォルムのキュッと縊れたウェストが露わ。
ざわ・・・
ざわ・・・
「ど、どうも~」
特に知り合いが居る訳でもないのに、周囲にお辞儀。
「腹筋、すご・・・」
ジムの照明に照らされ、裾カーテンの下に彫刻のような腹筋の深い陰影が出来ている。
すみません。
腹筋運動なんて、今まで一度もやったことないんです・・・。
「あれ、腕なのか・・・」
細くなったつもりな『49cm』の上腕も、それはあくまで私基準で。
ダランと伸ばした状態でさえ、熟練トレーニーの曲げた力瘤並。
「太腿、やっば・・・」
その剛腕の倍はあろうかという太腿は、周囲の男たちから羨望の眼差しを浴びた。
「あ、はは・・・」
観衆のヒソヒソ声は、敢えて聞こえない振り。
「これでも、マシなんだけどなぁ・・・」
私はそう、独り言ちた。
細かい数値で言えば、前回に訪れた時よりサイズは抑えられているのだ。
「あら、三野さん。お久しぶりです」
「あ、入江さん・・・」
そう言えば、一人だけ知り合いが居たのだった。
以前、お世話になったインストラクターの入江さん。
小麦色に焼けた肌、スポーツタイプのタンクトップにスパッツ。
肉付きが良く引き締まった肢体は、誰が見てもカッコイイと思えるスタイル。
「・・・あら? 少し、絞りました?」
「え。そう、見えますか?」
流石は、プロのインストラクターなのか。
私の体型の違いを、一目で見抜いてしまう。
「夏バテ、なんですかね・・・はは」
私は、曖昧に誤魔化すに留めた。
『絶対、人は殴っちゃダメですよ』
以前、入江さんに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
助言を守らなかっただけでなく。その後も、罪を重ね続けている。
「でも、何だか前よりパワーアップしてそう」
「ど、どうなんでしょ」
正直なところ、今の状態のパワーは私も把握していない。
「多分ですけど、体脂肪率は落ちてると思いますよ」
凄い、そこまでわかるんだ・・・。
「『特別室』は空いてるので是非、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
私が、自身の身体を把握し切れてない所とか、全てお見通しな感じ。
入江さんは他の予約客の担当があるらしく、行ってしまった。
正直、気不味さもあったので、一人行動なのは助かる。
「こっち、だっけ」
地下にある『特別室』は、意外と人が居た。
皆、思い思いに嵩増ししたウエイトを挙げている。
「どうしよっか」
経験者を気取って『特別室』に入った、までは良いんだけど。
何から手を付けて良いのか正直、サッパリわからない。
「前、は・・・」
前回は折角、インストラクターの入江さんが付いてくれていたのに。
ここに入るなり安藤にチョッカイを掛けられて、まともに指導を受けていない。
「えっ、と」
人が居なさそうな、ウェイト棚(ラック)が設置された方に向かってみる。
「す、っご」
ズラーッと並ぶ、大量のダンベル群は壮観だった。
一番小さい物でも、三輪車の車輪ぐらいの太さと大きさがある。
「これ、かな」
手始めに、片手用のダンベルを手に取る。
「え」「ちょ、お嬢ちゃん」
周囲が、ギョッとした視線を向ける。
「な、何ですか?」
私は、先輩トレーニーと思しきオジサンたちに答えつつ。
『50KG』と刻印されたダンベルをリズミカルに上下させる。
「う、そ」「それ、重くないのかい?」
「あ、はい」
重くない、というか。
全く、重さを感じない。
「お嬢ちゃん、見た目・・・通りに力持ちなんだね」
一瞬、見た目に依らず、って言い掛けたのかな。
「あ、はは」
私は、苦笑いを浮かべるに留める。
『特別室』は、高重量を扱うエリアだけあって。
筋肉隆々なマッチョ男ばかりで、女子は皆無。
そこへ突然やって来た女子が、自分たちより明らかに逞しくて。
自分たちでも簡単には挙がらないウェイトを、サクッと挙げてしまった。
「経験者、なんだよね?」
「はい」
一応、女子が一人で高重量を挙げていたので、心配はしてくれたみたい。
「補助・・・は、要らなさそうだね」
オジサンは、私の二の腕を見てそう言った。
自分の腕と私の腕の間で、何度か視線を往復させていたけど。
「お気遣い、ありがとうございます」
それについては、敢えて気付かないようにしておく。
安藤の時みたいに、変に絡まれても面倒だし。
と、その時。
カシャンッ!
「うぉわぁっ!?」
ベンチプレスをしていたオジサンが、バーベルから手を滑らせてしまい・・・
「大丈夫ですかっ!」
近くに居た私が、咄嗟にバーベルに飛び付く。
スチャッ、とオジサンの胸元に落ちる寸前でキャッチ。
「っと、ふぅ」
私は、左手で額の汗を拭った。
「ラックに、戻しますね」
「え、あ。ああ、ありがとう・・・」
ベンチプレス台のラックに、私は“右手”でバーベルを戻した。
「それ、重くない・・・の?」
さっきのオジサンが、また同じ問い掛けをして来た。
「? はい」
私はつい、さっきと同じように答えてしまう。
「・・・あ」
・・・が、直ぐに気付く。
今、私が右手一本で軽やかに扱ったのは、ベンチプレス用のバーベル。
「これ、『100kg』ぐらいですよね? それなら・・・」
「このバーベル、『250kg』あるよ・・・」
ドツボだった。
「お嬢ちゃん、重量挙げのチャンピオンとか?」
「いや、そんなことは・・・」
すみません、インドア派な陰キャの帰宅部所属です。
あくまで、“所属”の話だけど。
「いわゆる、『ギフテッド』って奴なのかね」
「あー、それ。俺も聞いたことあります」
オジサンたちが、危うく大事故な当事者たちをそっちのけで談義を始めた。
俗にいう、『天賦の才』って事を言いたいらしい。
まあ、言い得て妙、かな。
私の場合、【魔賦の才】って感じだけど。
「通りで・・・」「俺は、一目見た時から凄いと思ってたんだ」
なし崩し的に、人が集まって来てしまう。
いや、正確には私の肉体目当て・・・って書くと、何処か卑猥に聞こえるけど。
「ねぇ。力瘤、見せてよ」
「あ、はい」
仕方なく、私は右腕を折り曲げる。
モゴォッ!と特大の力瘤が盛り上がる。
「うわっ!?」「すごっ!」「何、これ・・・」
「そ、そうですかね・・・」
私としては、縮小リサイズされた小振りな力瘤のつもりで居たけど。
ただ、それは私の感覚が完全に麻痺していて。
『88cm』の力瘤って、サイズだけ見ても世界記録レベル。
因みに、実際の世界記録は『78.7cm』らしい。
「ねぇ、腕相撲しようよ」
「え、でも・・・」
腕相撲には、良い思い出がない。
機械だろうと人間だろうと、破壊してお終い。
「一分間、私が動かなかったら終了、で良いなら」
「・・・? 良くわからないけど、わかった」
皆こういうイベントに飢えてたのか、あっという間に台が用意されて。
「レディー、ゴー!」
「うっし、やるぞぉっ」
行けー、やれーと野次が飛ぶ。
「ぬぅ、くっ」
「・・・・・」
開始位置で拮抗、しているように見える。
「ぐ、ぬぐぅ・・・」
「・・・・・」
未だ、開始位置から動かない。
「ぐぐ、ぐ・・・」
「・・・・・」
いつしか、誰も言葉を発さなくなっていた。
「もう、おしまいで良いですか」
「え。あ、ああ・・・」
私は開始位置で、肘を付いて右腕を置いていただけ。
力を入れてすら、いない。
倒しても、倒されてもいない。
なので、勝敗なし。
「私、見た目以上に力、強いんです」
慣れた手付きで、『50kg』のウエイトプレートを嵌めて行く。
「え、ちょ」「おい、それ・・・」
両側に五枚ずつ、計十枚のウエイトプレートがセットされ。
シャフト込み、合計『510kg』のお化けバーベルの出来上がり。
「ん、っしょ」
「・・・・・」
ギィ・・・カシャン。
「ん、と」
ギィ、ガシャンッ。
前の時と同じ轍は踏まないよう、ゆっくり丁寧に挙げ下げ。
20回×3セットを右腕、左腕と交互に繰り返し。
左右で合計、12セットを熟(こ)なした。
「・・・ふぅ」
やり過ぎないよう加減する事に注力したせいか、精神的に疲れた。
勿論、筋肉疲労は皆無、ゼロ。
最大重量で数トンを持ち上げる、私の腕力からすれば。
この程度では、負荷にすらならない。
「だめ、か」
それは、私が期待した結果を得られなかった事も意味する。
【リサイズ】の効果は、身体のサイズを縮小するんだけど。
何故か、身体に合わせて体重も減る。
それなら、体重が減る分、筋力も幾らか落ちるんじゃないかと考えた。
鋼材、自動車、資材コンテナ。
持ち上げるウェイトが増す度に、身近な持ち物を潰す回数が増えた。
この前、遂にトイレのドアを破壊してしまった。
これで、家のドアはほぼ全滅。
箸にペン、手に持つ物は一通り、最低一回は壊した。
掃除しようと冷蔵庫を持ち上げたら、勢い余って天井に突き刺さったり。
自転車に跨がったら、太股に挟まれた車体がペシャンコに圧し潰された。
「「「・・・・・」」」
「ふぅ、っん」
ガシャン、ガシャンッ。
「「「・・・・・・・」」」
「んしょ、っしょ」
ガシャコン、ガシャコンッ。
「「「・・・・・・・・・」」」
「ん、と。んっ、と」
ガゴォンッ、ゴゴォンッ!
『510kg』バーベルで片手カールを、左右で10セット×2。
『1t』のラットマシンを、20セット。
『2t』のレッグプレスマシンを片脚で、左右で10セット×2。
「ん-。こんなもん、かな」
ここまでやっても、筋肉疲労は感じられず。
どちらかというと、有酸素運動的な疲労が少し。
ミチ、ミチチ・・・。
「・・・ん?」
何処からか、衣擦れのような音が。
ピッ、ピリリッ。
「え、これって・・・」
音の出所は、私が着ているTシャツからだった。
「え、っちょ・・・」
ビリッ、ビリリィッ。
カール運動で一回りぐらい太くなった上腕が、袖を引き裂き。
「・・・いやぁんっ」
バリィッ!
ラットマシンで肥大化した大胸筋と広背筋のせいで、胸周りが増し。
Tシャツのロゴが、真っ二つに裂けてしまった。
「あ~ぁ・・・」
薄っすらと掻いた汗が、Tシャツの生地をペットリと張り付かせ。
バレーボールバストが、その乳圧だけで穴を開けてしまったのだ。
「でも、何で・・・」
私は、勘違いをしていた。
重さを感じていなかっただけで、負荷そのものはちゃんと効いていた。
『510kg』や『2t』のウェイトを挙げていて、負荷ゼロは有り得ない。
単に、筋膨張(パンプアップ)していだけ、の話である。
「・・・あ」
おっぱいバーンに、袖ビリ。
自宅ならまだしも、ここは街中に在るスポーツジム。
只でさえ、私の周りには観衆が・・・。
「ん、あれ・・・?」
いつの間にか、周りに誰も居なくなっていた。
というか、周囲の人の波が完全に引いていた。
それどころか、『特別室』から明らかに人が減っていた。
