『淫獣捜査 隷辱の魔罠』 第97話(前半)

第97話 再会  黒スーツの男たちに連れられた先には、駿河 忍さんが待っていた。  かつて兄貴と涼子さんの同僚であり、出世して署長として戻ってきてからは、腐敗した警察組織にメスを入れるべく兄貴とともに極秘に調査していた。  そして、兄貴の死後は親友を探し出そうとする涼子さんに協力し、彼女とともに潜入捜査するよう依頼してきた人物でもある。  本来なら潜入捜査はライターに仕込まれていた発信機によって、彼女が率いる警官隊の突入で幕を閉じる予定だった。  だが、あの大火事と軍用機による攻撃によって、計画が大いに狂ってしまった。  涼子さんは連れ去らわれ、俺は瀕死の重傷で昏睡状態におちいってしまう。  もちろん目覚めてから駿河さんと連絡を取ろうと考えた。だが、すでに俺はゴルフ倶楽部の延焼事件の重要参考人とされていた。  仮に警察署へと連絡するとして、署長である彼女に取り次いでもらえただろうか。  せめて涼子さんがいてくれれば個人的に連絡をする手段もあっただろう。だが、突然の潜入捜査に準備するだけで手一杯な状態だった。とても彼女と連絡先を交換する余裕もなかったのだ。 (そもそも、俺はこの人がなんか苦手なんだよな……)  駿河さんが涼子さんからの協力要請に応じなければ、彼女が無茶な行動をすることもなかっただろう。当然、ただのサラリーマンだった俺が潜入捜査する必要もなかった。  さらに言うなら、警察の腐敗を調査するのに兄貴を巻き込まなければ、死亡することもなかったかもしれない。 (いや、あの正義感の強い兄貴のことだ。ひとりでも調査を続けたかもしれない)  それに、涼子さんとともに潜入捜査をするような無茶がなければ、彼女への想いは秘めたままで今も燻ぶっていたことだろう。  そういう意味では、このことで恨むことも感謝することも出来ない相手だといえる。 (そもそも、俺と駿河さんの関係は、なんなんだろうな……彼女と知り合ったのは潜入する寸前だし、どう接するのが良いのだろう……)  さまざまな感情が複雑に絡み合い、駿河さんに対する態度を決めかねてしまう。俺から何か言葉をかけようとして、適切な言葉が見当たらない。  そうして、俺がまごついていると彼女は車を降りて、カツカツとこちらへと向かってくる。  相変らずのスーツとズボンがよく似合う女性だ。ボブカットにそろえた光沢のある黒髪を揺らし、キリリとした眼差しを俺に向けている。  その隙がなく、凛々しい姿から有能な上司であるのが容易に想像できる。 「よかったわ……無事だったのね」 「え、駿河さん!?」  不意に、彼女は笑顔を浮かべると俺を強く抱きしめてきた。その予想外の事態には、流石に面くらってしまう。しかも、ギュウギュウと身体を押し付けてくるものだから、予想以上に豊満で弾力のある胸の膨らみを感じ取ってしまう。  戸惑う俺とは対照的に、感極まったように声を震わせて離れようともしない。  そんな彼女を突き放すような野暮なことはできない。優しく抱き返して、背中をさすってやる。 「あぁ、ごめんなさい……貴方の目撃情報を耳にして、居ても立っても居られなくって……そして、ごめんなさい。警察が貴方を重要人物として取り上げることを止めることができなかった」  署長とはいえ、駿河さんは所轄の人間でしかない。本庁が主導を握った捜査には介入するのも難しいだろう。  おかげで、捜査情報が彼女の方に思うように上がらず、すべてが後手にまわってしまったようだ。  今回も包囲網が引かれると聞き、慌てて現場に赴いたものの、こうして出会えたのは偶然でしかない。 「とにかく、ここでは人目につくわ。まずは、移動しましょう……それに一緒にいる方のこともお聴きしたいしね」  一緒にいるのが誰もが知る国民的アイドルである翠河 玲央奈だと気がついているはずだ。だが、そこは署長をしているだけあって、落ち着いた態度を崩さず玲央奈に接してくれている。  駿河さんの提案に従って、彼女の車で移動することにする。後部座席には俺と玲央奈が駿河さんと同席する形で乗り込み、黒スーツの二人は、運転席と助手席に乗り込んだ。  車はゆっくりと発進すると、途中にあった検問も難なく通過していく。  当初の予定では、どうにか包囲網から抜け出して野次馬たちに紛れ込むつもりだったが、それよりも確実な方法で包囲網から脱出することができたのだった。  俺と玲央奈を乗せたワンボックスカーは最後の検問を抜けると、車の流れにのって封鎖された繁華街からどんどんと離れていった。  追跡してくる車両がないのを確認すると、ようやく俺もひと心地をつくことができた。そして、駿河さんからの熱い視線を向けられているのに気付く。  どうやら、乗車してからずっと見られていたようだ。その視線に居心地を悪くしていると彼女はクスリと笑う。 「ちょっと見ないうちに、随分と変わったわね……見違えたわ」 「そ、そうですか」  妙に熱を帯びた視線を向ける駿河さんは、俺を見ているようで、別のものを見ているように感じられる。  以前の言動から推測するに、彼女は俺に兄貴の姿を重ねているのだろう。それが彼女の視線に居心地の悪さを感じる理由だった。 (気になるのは、この熱ぽさは親しい同僚や部下に向けられている風には感じられないことなんだよ……)  邪推であれば問題はないが、友愛以上の感情が込められている気がしてならない。  かつての俺も、涼子さんへの想いを隠しつつも、こういう視線を向けてしまっていた。  だから、密かな恋慕をいだいてたとしても、俺は問題にはしない。  ただ、そうでないとなると、俺は兄貴に対する印象を変える必要がでてしまうかもしれない。 (いや、まさか……あの、真面目すぎるほどな兄貴だしな……)  警察内に蔓延する汚職に対して、単独でも密かに調べていたほどの兄貴だ。だからこそ、駿河さんも一緒に極秘捜査をしていたわけだし、俺の考えすぎだろう。  俯瞰して物事をみることで冷静さを手に入れた俺だったが、どうにも兄貴が絡むこととなると少し勝手が違ってくる。  嫌な想像を振り払うように気持ちを切り替えると、俺の方から駿河さんへと話し掛けてみる。 「そうですね。まずは情報交換の前に、彼女の紹介をさせてください。今、紫堂を追うのに協力してくれている翠河 玲央奈さんです」  俺の紹介に合わせて玲央奈が頭を下げて挨拶してくれる。なぜアイドルの彼女が同行しているのか、普通なら気になってしかたないところだろう。だが、駿河さんは焦ることもなく、落ち着いた様子で玲央奈と握手を交わしている。  紹介が終わり、場の空気も少しはほぐれると、玲央奈が一緒にいる理由も含めて、これまで経緯を説明していく。  俺の報告を黙って聴いていた駿河さんだったが、秘密倶楽部の実情が伝わると端正な顔を険しくしていった。 「アイドルである翠河さんにまで手を出してくるなんて……それに、あの涼子までもが……」  一通りの経緯を説明し終えると、駿河さんは腕組みしたまま押し黙る。だが、冷静沈着といった雰囲気の彼女でも、湧き上がる怒りをとどめることができなかったのだろう。その手には力が入り、怒りで肩が震えてしまっていた。  説明したことで、俺も客観的に事態を見直すことができていた。そして、静かな怒りをみせる彼女とは別の印象を受けていた。 (確かに玲央奈に手を出そうとしていたカネキ氏をはじめ、会員たちのみな欲望に呑まれ、止まるところを知らなかった……)  欲望にまみれた彼らの姿を思い出すと、醜悪だった印象が強い。  だが、そうした会員たちに比べて、VIP会員たちに対する印象はというと少し変わってしまう。  涼子さんと美里さんが焼き印され、犯される姿を鑑賞していた時点で、同じ穴のムジナであるはずだ。だが、なぜか俺は欲望に振り回されることなく優雅に振舞っていた彼らに惹かれるものを感じていた。  それがサドに目覚めた影響なのか、明確な理由を見つけられていない。だから、その印象を誰に告げることもなく、ただ自分の胸に秘めておいていた。 (しかし、一般会員たちの暴走があのまま続くのなら、あの秘密倶楽部も長くは続かないような気がするな……)  肥大化しすぎた組織というのは、どんなに高尚な志があろうとも柔軟さを失い、内部から腐敗していくものだ。ましては、欲望の坩堝のような秘密倶楽部となれば尚更だ。  米軍諜報部の資料によると、戦後に世界有数の企業体へと躍進するべく猩々緋グループの前総帥である猩々緋 源十郎(ほうじょうひ げんじゅうろう)が密かに開設したものが母体という話だ。  猩々緋グループが大きくなるほどに会員は増え、その影響は政界、財界、軍部にとどまらず、警察やヤクザまで取りこんでいった。  いまや、その影響力は計り知れず、倶楽部の存在を耳にした者は会員になるのを夢見るほどだ。  そうして、多くの者の昏い欲望を呑み込んで肥大化してきた組織なのだから、腐敗しない方が不思議だろう。  だが、創始者であり、絶対的な権力を握っていた総帥が病死したことで風向きが少し変わった。  新たに総帥となった人物は、魑魅魍魎が跋扈するグループにメスを入れ、血を入れ替えを断行したのだ。  さらに秘密倶楽部の存在もよく思ってはいないらしい。  そんな人物と紫堂が、どのような取引がおこなわれたのか不明だ。結果として、運営を彼が任されることになったのだ。 (あの紫堂に化けていた女……彼女が猩々緋サイドの人間なのだろう)  確かに、海外の犯罪組織に所属し、日本への進出を目論んでいた紫堂にとっては、会員たちの影響力は実に魅力的だろう。  お陰で競合していた大陸の組織も排除することに成功し、着実にこの地へと根を広げている。 ――そんな連中を相手にして、なんとかできるのか?  秘密倶楽部を覗き、様々な情報を得られた今なら、その地を這う根の広さが実感できてしまう。  警察の腐敗を憂いる駿河さんや兄貴のような高尚な志もない俺には、相手の大きさにただ圧倒されるばかりだ。  それでも、こうして迷わずに動けているのは、目的は涼子さんの奪還だからだ。それは、図らずとも紫堂となんらかの決着をつける意味もする。だが、別に警察組織や国がどうなろうとまで心配する気もなかった。  (俺にとっての欲望は、涼子さんを自分のものにすることだ……ん?)  そこで、ふと玲央奈からの視線を強く感じた。ジッと見上げてくる少女と目が合い、その碧い瞳の目力に負けてしまう。 (あぁ、さっきのは修正だ、『涼子さんたち』……そこには玲央奈も含まれているからな)  まるで俺の心の言葉が聴こえているかのように、玲央奈はニッコリと微笑んでくる。  ナナさんほどではないが、役者もこなす玲央奈も人の仕草や表情を観察すべを持っているらしく、そこから俺の感情を推測したのだろう。  今も具体的に俺がなにを考えているかはわからずとも、なにか感じるものがあったのだろう。彼女に笑顔を返しながら、背中には冷や汗をかいていた。  そんな俺と玲央奈の無言のやりとりを見つめていた駿河さんからも状況報告があった。  あの夜、俺からの発信を受け取り、突入準備を進めていたらしい。だが、火事による通報により駆けつけてきた消防隊と鉢合わせにより、現場は混乱。さらに追い打ちをかけるように上空からの銃撃で収拾がつかなくなってしまったのだ。  俺も涼子さんも見捨てられた訳ではないと知れてホッとする。孤立した状況で唯一の命綱が発信機であったのだ。それが意味をなさないと知ったら現場で絶望していたに違いない。  正直、俺の駿河さんに対する信頼は低い。涼子さんが信頼する人物であるから合わせて信頼しただけで、所詮は兄貴や涼子さんを介しての関係なのだからしょうがないだろう。



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