『淫獣捜査 隷辱の魔罠』  第96話

第96話『包囲網からの脱出』  映像の消えた端末を握りしめたまま、それを黙って見下ろしていた。  身動きしないでいる俺を、隣に座る玲央奈が心配そうに見ていた。 「マスター……」  こうして涼子さんの姿を見せられる俺の心情を思いやってか、出かかった言葉を飲み込むと、代わりに膝へと手を置いた。  あたたかな温もりが俺を元気づけてくれる。下手な慰めの言葉より、何杯も元気づけてくれる 「ありがとう、大丈夫だよ」  手を重ねながら告げた言葉に偽りはなかった。  送られてきた映像にはショックを受けたものの、荒ぶる気持ちは波がひくように心が落ち着いていた。  それが自分を客観視しつづけるようになった結果なのか、厳しい訓練で鍛えられた成果なのかは、正直に言って分からない。  少々、薄情なのでは思うものの、冷静でいられることは、この先では有効に働くと確信していた。  それに、落ち着いて見えても、怒りは少しずつ心の奥底に積もっているのも感じていた。 (うん、大丈夫だよ)  ゲームを盛り上げるために紫堂による揺さぶりは、これからも続くだろう。そのためには涼子さんは簡単には壊されはしないはずだ。  とはいえ、その時間は有限であり、急がない理由にはならない。  その為にも無駄な行動は避けたいところだった。 (その為にも、紫堂配下でもあり、情報屋である八祥さんからは有益な情報をえないとな……)  思考を巡らせて次の手を考えながら、俺の横顔を見つめている玲央奈を抱き寄せる。  綺麗なブロンド髪を優しく撫でてやりながら、その絹のような心地よい手触りを感じる。  突然な俺の行動に驚いていた玲央奈だったが、すぐに受け入れて心地良さそうに目を細めだす。  そんな事をしていると席を離れていた八祥さんが戻ってきた。 (何かあったみたいだな……)  わずかだが彼の表情が硬くなっていた。  正面のソファへと再び座り、懐から煙草を取り出して口へと咥える。すかさず先に座るドレスの女性がライターで火を点ける。実に手慣れたい行動で、高級クラブのホステスといった感じだ。 「フーッ……」  深々と吸い上げた煙草の煙を吐き出す。恐らく考えをまとめているであろう八祥さんからの言葉を、ただ黙って待っていた。  煙草の灰が落ちかけて、女性がガラスの灰皿を差し出す。彼は咥えていた煙草をもみ消しと、ようやく口を開いてくれた。 「どうやら、ゆっくりとお前さんを吟味している暇はなくなったようだ」 「なにが、あったんですか?」  目の前に置かれたグラスをあおり、一気に中身を飲み干すと、八祥さんは忌々しげに言葉を続ける。 「例のゴルフ場地下の施設が燃えて、会員たちの何人かが煙にまかれて病院送りにされた。その中にはヤクザの大物もいたわけだが、若い連中が落とし前をつけようと、お前さんを狙ってきたわけだが……」  そう切り出して、彼は今の状況を説明してくれた。  どうやら、重要参考人としてニュースに顔を出されたのも、病院送りにされた者の中に警察官僚がいたのも関係しているようだ。  紫堂の影響がそこまで伸びているとなると、やはり警察に捕まるわけにもいかないようだ。  しかも、火事に巻き込まれた金持ち連中が俺に対して懸賞金をかけたらしいのだ。  それはネットに拡散されて、いっきに広まっているようだ。お陰で警察とヤクザだけでなく、懸賞金目当ての一般人までもが俺を狙ってきていた。  通報されれば警察とヤクザが大挙して押し寄せてくるとの話だった。 「うへ……それは、困ったな……」  行動が制限されるほどに紫堂の元ヘとたどり着くのが長引いてしまう。  紫堂は時間制限に関して明言しなかったが、俺にとっては涼子さんがその意味をもつことになった。 「さらに、お前さんに最悪なのが……」 「まだ、あるんですかッ?」 「あぁ、先に話したヤクザの大物が先ほど亡くなったらしい……入院したとはいえ、命には別条があるほど重傷だったて訳ではなかったはずなんだが……なぜか容態が急変したそうだ」  その言葉を聞いて脳裏に浮かんだのはイクさんの姿だった。彼女のような特殊な能力を持つ者なら、病院の中だろうが疑われずに殺すことも可能だろう。  その考えは、あながち間違いではないようだ。明言はしないが、八祥さんも同じ考えなのは彼の顔をみれば明白だった。  どうやら、そのヤクザの大物というのが、紫堂が若い頃に傘下に入っていた者らしく。愛人と密通している疑いでヒットマンに追われて国外逃亡する羽目になったのだった。  実際には、紫堂を疎ましく思う若頭だった男と愛人が共謀したことらしく、その二人に関しては仕返しも済んでいるらしい。 (ならば恨みで殺したというより、ゲームを盛り上げる為に必要だったから殺したのか……)  紫堂が惚れ込んで、散々頼み込んで配下にまでなったらしく、そんな人物をこうも簡単に切り捨てられるかが疑問だ。それ故に、八祥さんも明言を避けたようだった。 「そうしたことから、お前さんは生け捕って病室へと連れてくる命令から、生死を問わず墓前に差し出すと変わったらしいな」 「……確かに……最悪ですね」  生け捕りであれば駆け引きも有効だが、最初から殺す気でこられると小手先でどうこうなる問題ではなくなる。 「それからな……」 「ま、まだ、あるんですか……」 「あぁ、紫堂から手を貸すのを止めるように釘を刺されちまった。悪いな、cい」  確かに紫堂自身は俺に直接の妨害はしてはいない。だが、周囲の状況を動かして、確実に包囲網しいてジリジリと狭めてきている。  時間が経過するほどに状況は悪くなる一方だろう。彼の元へとたどり着くためのハードル着々と積み上がっている。 「フーッ……」  目の前のグラスを手に取ると、琥珀色の液体で乾いてしまう喉を潤す。  そうして、手持ちのカードを脳裏に並べて検討していく。  手を引けと言われているにしては、八祥さんもすぐに動こうとはしない。ソファに深々と座り、二本目の煙草を咥えだす。  そんな彼の行動から、わずかな苛立ちを感じ取っていく。  周囲をみれば部屋に詰めていたドレス姿の美女たちが退去をはじめていた。次々と姿を消していき、残るは八祥さんの横に座る妙齢の女性だけだ。  他の女性たちとは身にまとっている風格が違う。状況を理解しながらも柔らかな笑みを浮かべたままで、グラスに新たな酒を用意する手元にも動揺は見えない。 (随分と肝が据わっているひとだな)  二人の間には、言葉にしなくても伝わる何かがあるのが見ていてわかり、俺と涼子さんの関係を重ねてしまう。 「それで、そっちはどうするつもりだ?」 「そうですね、指定された時間まで、まだありますから考えますよ。それより、頼みたいことがいくつかあるんですが……」 「おいおい、釘を刺された俺が手伝うとでも思ってるのか?」  そう言いながらも八祥さんの口調は随分と軽い。俺の続く言葉に期待しているのがわかる。  八祥さんは、紫堂から朝までの退去を言い渡されてはいたが、逆にいえば、それは時間までは留まっていても文句は言われないということにも取れる。  人の意表をつくのが好きな紫堂らしい言いまわしと言ったが、それに俺が気付くか八祥さんも試していたのだろう。  俺の頼みを聞きながら、ニヤニヤと口元を綻ばせていた。 「それで、頼み事は以上か?」 「出来るなら、紫堂の居場所、もしくは、それに関する情報が欲しいですね」 「アイツの居場所は残念ながら知らないな……ただ、心当たりは何点かある」  女性からペンと紙を受けとると、スラスラと情報を書き込んでみせると、アッサリと手渡してくれた。 「なんだ? 意外そうな顔して」 「いえ、ダメ元で言ってみただけなので、すんなりと教えてもらって拍子抜けしてしまって」 「代金なら、そっちの嬢さんからタップリもらうさ……それに、情報屋としての邪魔は、アイツだろうとさせる気はないからな」  情報屋としてのプライドだろうか。それだけは誰にも犯させないという気概を感じさせられた。 「以上なら準備もあるから俺は退去させてもらいぜ。頼まれたものも、時間まで届けさせる」 「えぇ、こちらは、もう少しだけ美味い酒を堪能させてもらいますよ」  ソファから立ち上がる八祥さんと握手を交わし、ドレスの女性を伴って退去する姿を見送る。  そうして、部屋に残るのは玲央奈とふたりだけとなると、これからの手順を伝えるのだった。  ビルの窓からは、色とりどりのネオンが煌めく繁華街が見下ろせた。  その向こうのビルの間から、朝陽が昇ってくるのを見守る。  ビルの足元まで照らされていくと、周囲には大量の車両が止まっているのが見えた。  ライトは消されていたが、白と黒の特徴的な配色から警察車両であるのは一目瞭然だ。  その周囲には、さらに大勢の警察官が詰めかけていた。  すでに周辺地域の封鎖が終えているのか、一般人の姿は見えない。暗闇に乗じて包囲を完了していたようだ。  恐らく、紫堂からの連絡がきた時にはビルの周囲には張り込まれていたのだろう。慌てて飛び出していれば、すぐに取り押さえられていたに違いない。 (夜明けとともに警察とヤクザが押し掛けてくるか……確かにビルの周囲にはいないとも、言っていないな)  ビルからの退去も秘かにおこなわれていたのだろう。人の気配も消えていた。  そんな中、混乱に乗じて八祥さんが頼んでいたモノを届けてくれていた。 (わずか数時間で、よく揃えられたものだな)  ソファで仮眠をとっていた玲央奈を起こすと、すぐに準備に取り掛かる。  しばらくすると、非常階段の扉が音もなく開き、覆面姿の男たちが現れた。バイザー付きのヘルメットと防弾アーマーを着込み、自動小銃で完全武装している。  警察が抱えるSATと呼ばれる特殊急襲部隊だ。どうやら凶悪な立て籠もり犯として扱われているらしく、下手に抵抗すれば射殺すらあり得る状況だ。 (警察のお偉いさんが口封じに来ているのか?)  ヤクザだけでなく、警察にまで命の狙われており、状況は悪化する一方だった。  基地での厳しい訓練を受けたいまだからわかるが、STA隊員たちの動きには無駄がない。連携して死角をなくし、ひとつの生き物のように進行してくる。  だが、その素晴らしい動きも、監視カメラの映像を傍受できている、こちらには行動が筒抜けだった。  そして、そんな彼らのような相手を想定しての訓練も受けさせられていた俺たちは、迎え撃つ準備を済ませていた。  物陰に潜んで息を殺していた俺は、手にしていたリモコンのスイッチを入れる。これはフロアに電源を供給するケーブルに仕掛けた爆発物の起爆装置だった。  威力は小さいが、ケーブルを切断するには十分な量だ。途端に、フロアの照明は落ちて闇に包まれる。 「どうした――ぐへぇッ」 「な、何事だッ!?」  相手の情報は数か月前のサラリーマンだった俺の情報だ。正直、反撃を受けるなどは想定外のことだろう。 (お前さんのは、所詮は付け焼き刃だ。間違っても自分強さを見誤るなよ)  格闘術の教官だった兵長の言葉が脳裏をよぎる。だから、こうして相手の不意をついての奇襲をしている。  そして、準備も怠らない。突然襲った暗闇に浮足立っている相手の姿が、八祥さんに用意してもらった暗視装置のお陰でシッカリと確認できる。  散々、しごかれた海兵隊仕込みの格闘術だ。身体が勝手に動いてくれる。喉元への打撃、顎への打ち上げと防具を装備した相手へと的確に打撃を与えていった。  そうして、闇に乗じて二人ほど昏倒させられていた。  だが、相手も精鋭部隊だけあって、すぐに体勢を整えはじめる。だが、こちらも最低限の目的は果たしていた。   次々とライトが点灯されると、手はず通りに玲央奈が発煙筒を焚いてくれた。狭い廊下は、すぐに煙で充満することになり、火災報知器と非常ベルが混乱に追い打ちをかけてくる。  こんな状況では同士討ちを避けて発砲もできない。防御に徹して、混乱を収めようと躍起になっている。その一方で、負傷した隊員を守り、フロアから退去させていった。 (よし、上手くいったな)  混乱が収まりつつフロアだが、すでに俺と玲央奈は、そこにはいなかった。  思わぬ反撃に混乱する中、負傷した隊員たちが次々と担ぎ出されていたのだが、その中に同じ服装をした俺たちが混ざっていたとして、気付ける者はいなかったのだ。  照明がない中で、ライトを片手に懸命に捜索している警官隊を尻目に、俺たちは何食わぬ顔でビルを出ていた。  負傷したフリをする玲央奈の肩を支えながら、警察車両の合間を抜けていく。 「思ったより、スンナリいけたな」  女性である玲央奈にSTA隊員のフリをさせるのを懸念していたが、ボディアーマーとヘルメットのお陰でうまく誤魔化せたようだ。さらに加えるなら、玲央奈の男性らしい歩き方の演技も見事だった。  周囲の警察官たちには小柄な隊員として見えているようで、俺たちは声を掛けられることもなく、難なく包囲網を抜けてみせる。  あと少し移動すれば、八祥さんが用意しておいた変装用の服があるはずだ。それに着替えて野次馬たちに潜り込もうというのが俺の作戦だった。  だが、あまりにも上手くいき過ぎて気を緩んでいたようだ。不意に横手から呼び止められてしまう。 「おい、そこの二人ッ、ちょっとこっちに来てもらおうかッ」  屈強な男が二人、黒いスーツ姿で立っていた。スーツの上からでも屈強な肉体なのがわかる。  濃いサングラスで目元を隠しているのが、他の警察官たちとはあきらかに毛色が違う連中だ。 (どうする……逃げるか?)  他の警察官たちも周囲にはまだいた。ここで騒ぎを起こすのは賢明ではないだろう。  ならば、彼らを黙らすしかない。正面からは無理でも不意を付けば先ほどのように上手くいくかもしれない。  幸いなことに、二人は後をついてくるように告げており、今はこの場を少しでも離れることが優先だった。 「……マスター」 「あぁ、左の男を頼む」  玲央奈が頷き、お互いに覚悟を決めるとチャンスを窺いながら彼らの後をつけていく。  どうやら、その先に止まっている黒塗りのワゴン車が目的地のようだ。  周囲からは人の気配がなくなり、警官隊とも十分に距離を取れた。不意をつくのなら今がチャンスだろう。  玲央奈と目配せして距離を詰めると、男たちを背後から襲おうと身構える。  だが、その行動は実行には移せなかった。目の前のワゴン車のサイドドアがガラリと開き、見知った人物がそこに現れたからだ。 「顔を見ないうちに、随分と勇ましくなったようだね」  涼子さんと兄貴も元上司であった駿河 忍(するが しのぶ)の姿がそこにはあった。  突然の再会に言葉もだせない俺に、彼女はニッコリと微笑むのだった。  



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